大将軍八神社

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大将軍八神社
Daishogunhachi-jinja Kyoto Japan04s3.jpg
大将軍八神社
所在地 京都府京都市上京区一条通御前通西入3丁目 西町55
位置 北緯35度1分36.0秒
東経135度44分2.2秒
座標: 北緯35度1分36.0秒 東経135度44分2.2秒
主祭神 素戔嗚尊
御子神八柱
社格 府社
本殿の様式 権現造
札所等 全国清々会(素戔嗚尊奉祀神社五十九社霊場)
主な神事 天門祭(10月第3日曜)
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大将軍八神社(だいしょうぐんはちじんじゃ)は京都府京都市上京区西町にある神社素戔嗚尊祭神とする。

祭神[編集]

歴史[編集]

平安京建設時、王城鎮護のため都の方除け乾(戌亥・北西)の天門守護として造営され、当初は大将軍堂と呼ばれたという。江戸期に入り大将軍社と改称、明治期に現名称へと変更された。本来の祭神は大将軍という。大将軍は陰陽道方位神であり、とくに建築や転居、旅行などにおいて方角の吉凶を司る神であるため、長きにわたり民間の崇敬を集めた。明治の神仏分離令にて祭神は素戔嗚尊と改められた。社号の「八神社」は、陰陽道の暦神(八将神)を祀るところから来ており、後には素戔嗚尊の御子神八柱の意も重なっている。

文化財[編集]

  • 木造大将軍神像 80躯(重要文化財)
これらの神像群は平安時代中期から末期の制作といわれる。すべて男神像で、甲冑を着用した武装形の像、束帯姿の像、童子形の像(1体のみ)など計80体を数える[1]。破損の多い像も多いが、これだけ多数の古神像が一神社にまとまって伝来する例は日本でも他になく、貴重なものである。武装形像は作風に仏教の天部像との共通性もみられる。1972年、国の重要文化財に指定された。

境内にはこれらの文化財を収めた方徳殿という建物があり、毎年5月1日~5月5日と11月1日~11月5日には一般に公開されている(その他の日は予約制)

摂末社[編集]

  • (五社)
    • 恵比寿神社
    • 稲荷神社
    • 天満宮
    • 長者神社
    • 金毘羅神社
  • (三社)
    • 命婦神社
    • 厳島神社
    • 猿田彦神社
  • 大金神神社
  • 歳徳神社
  • 地主神社(大杉大明神

関連項目[編集]

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  1. ^ 1972年に「木造大将軍神像79躯」として重要文化財に指定されたが、その後社内から新たに発見された像が1躯あり、この像が2003年に追加指定され(平成15年5月29日文部科学省告示第105号)、計80躯となっている。
  2. ^ 葛野郡大将軍村、衣笠村大将軍