大御所

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大御所(おおごしょ)とは、古くは親王隠居所である御所を指し、やがては隠居した親王その者を呼ぶ際の尊称として用いられた。後には摂政関白の実父を呼ぶ際にも用いられている。

歴史[編集]

鎌倉時代鎌倉幕府三代将軍源実朝が亡くなって源氏嫡流が絶えた後に北条氏執権政治の時代になると、から親王将軍を迎え入れてはやがて謀反の嫌疑でこれを京に送還するという、首のすげ替えが繰り返されるようになる。すると京に戻った前将軍は隠居した親王でもあることから、これが「大御所」と尊称された。これ以後「大御所」は、半ば前将軍の称号として定着するにいたった。

室町時代には足利幕府の将軍職にあるものの実父、足利義満足利義政足利義視足利義晴が大御所と尊称されている。

江戸幕府[編集]

江戸時代になり、徳川幕府の初代将軍徳川家康は将軍職を徳川秀忠に譲り、大御所となった。家康は駿府城に移り、一種の二弦政治を弾いた。秀忠も徳川家光に将軍職を譲った後は江戸城西の丸に入り、大御所として政務をとった。以降八代将軍の徳川吉宗、九代将軍の徳川家重、十一代将軍の徳川家斉が大御所となっている。家斉は将軍職・大御所として五十年間政務を取り、その期間は大御所時代と呼ばれている。

江戸幕府の大御所は将軍職経験者のみであり、家斉は実父徳川治済を大御所としようとしたが、松平定信の反対により実現しなかった。

俗語[編集]

現代でも、「大御所」は俗語として使用されている。ある分野における長老や権威、または過去に大きな功労があった者やその分野の草分け的存在の者のうち、第一線を退いても大きな存在感を示し続けている者を、「政界の大御所」「芸能界の大御所」などと呼ぶのがそれである。この用例の類義語として、「元老」もある。

参考文献[編集]

関連項目[編集]