大手川 (京都府)

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大手川
Miyazu City Library exterior ac (3).jpg
大手川の最下流部
水系 二級水系 大手川水系
種別 二級河川
延長 10 km
流域面積 27.6[1] km²
河口・合流先 宮津湾日本海
流域 京都府宮津市
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大手川(おおてがわ)は、京都府宮津市を流れる二級河川。大手川水系の本流である。流路長は約10km、流域面積は27.6km2

地理[編集]

大手橋越しに見た宮津市役所

丹後半島東側の付け根に位置する京都府宮津市小田に端を発して北に流れる[2]。上流部・中流部では流域を京都丹後鉄道宮福線が走っている。中流部の流域には水田が広がっており、宮津市今福で今福川を集める[2]山陰近畿自動車道が大手川を垂直に超えると、京都府立宮津高等学校の近くで滝馬川を集める[2]

京都丹後鉄道宮豊線を超えて宮津市街地を貫流する[2]。下流部の沿岸には宮津市立宮津小学校、宮津市役所、宮津簡易裁判所、旧宮津市立図書館宮津市立前尾記念文庫などがある。市役所の脇には京都府道606号宮津停車場線の大手橋が架かっており、大手橋からさらに下流には国道178号の新大手橋が架かっている。宮津会館みやづ歴史の館の東側で日本海宮津湾に注いでいる。

歴史[編集]

現在の宮津市街地には、近世に宮津城が築かれた[2]。宮津城は大手川の東岸(右岸)に位置しており大手川は天然の外堀の役目を果たしていた[2]。大手川という名は大手門に面するようになったためであり、近世以前には宮津川と呼ばれていた上に、流路も現在とは異なっていた[3]。近世以前には滝馬川との合流点近くにある舟山まで遡行が可能だった[3]。江戸時代には京口橋付近まで通船が可能だったが、1907年(明治40年)の水害以後には土砂の堆積によって小舟の遡行もままならなくなり、太平洋戦争後には河口部がまったくの浅瀬となってしまった[3]。かつては初春のイサザ捕りが風物詩であった[3]

2004年(平成16年)10月20日には平成16年台風第23号で大手川が氾濫し、浸水面積約170ヘクタール、浸水戸数2485戸(床上浸水1585戸・床下浸水900戸)の大規模な浸水被害が発生した。宮津高校付近では水深1メートル程の浸水が起こり、車がゴミのように水没した[4]。この豪雨の降水量は宮津市岩戸で298ミリ、宮津市上世屋で385ミリにも達している。このため激甚災害対策特別緊急事業が行われ、6年に及ぶ長期間の工事の結果、2011年(平成23年)7月30日に山田哲人京都府知事などを招いた竣工式が行われた。事業費は約132億円であり、激甚災害対策以外の事業も含めると約160億円にのぼった。京都府での激甚災害法指定は城陽市の古川に次いで2例目である。

脚注[編集]

  1. ^ 大手川 京都府
  2. ^ a b c d e f 高橋裕・寶馨・野々村邦夫・春山成子(編)『全世界の河川事典』丸善出版、2013年
  3. ^ a b c d 「角川日本地名大事典」編さん委員会『角川日本地名大事典 26 京都府 上巻』角川書店、1982年
  4. ^ 大手川改修とは? 京都府

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 26 京都府 上・下』角川書店、1982年
  • 高橋裕・寶馨・野々村邦夫・春山成子(編)『全世界の河川事典』丸善出版、2013年