大明堂

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大明堂

大明堂(たいめいどう)は、かつて存在した日本の出版社

1918年に、神戸文三郎[注釈 1]が創業し[2]第二次世界大戦前から戦時中にかけては、1924年創刊の雑誌『受驗燈』をはじめ[1]、大学受験や教員資格検定試験等の受験案内、参考書類を中心に[3]、空想小説なども手がけていた[注釈 2]。戦後には、地理学宗教学関係の研究書、大学教科書、啓蒙書などを出版した[3][4]。2004年1月に自主廃業[5]。ロングセラーとなっていた一部のタイトルは、原書房に版権が引き継がれた[5]

代表的な出版物[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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注釈[ソースを編集]

  1. ^ ただし、『読売新聞』1927年5月26日付の記事「新進の版元を訪ねて 雑誌「受験灯」の大明堂カンベ君」では「神戸又三郎」と表記されている。[1]
  2. ^ 例えば、樋口麗陽『小説日米戰爭未來記』(1920年)- 国立国会図書館データベース、野村長一『二万年前:科学小説』(1922年)- 国立国会図書館データベース などが出版されていた。

出典[ソースを編集]

  1. ^ a b “新進の版元を訪ねて(八) 女人一さい禁制 雑誌『受験灯』の大明堂カンベ君”. 読売新聞・朝刊. (1927年5月26日). "一度でも入學試驗の慘ましい勞苦を嘗めた學生ならば必ず知つてゐる筈の雑誌『受驗燈』は入學難の深刻さ漸増に正比例して、益々その賣行も増進し、今では全國に根強い地盤を固めてゐるが、これを大明堂が創刊したのは今から三年前大正十三年の事卽ち主人神戸又三郎クンがまだ三十三歳といふ遊び盛りであつた。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  2. ^ レファレンス協同データベースに見える大明堂に関する質問 - 国立国会図書館
  3. ^ a b ごあいさつ(大明堂)”. 2004年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月18日閲覧。
  4. ^ “粋と人情の神田 神田っ子が随想集、古き良き時代の庶民史”. 朝日新聞・朝刊・東京. (1990年9月10日). "この日出席した出版元の大明堂の神戸祐三社長(62)も、神田の生まれの神田育ち。本来は宗教や地理などの専門書が中心だが、内容を見て初めて文芸書を手がけることにしたという。"  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧:国立国会図書館データベース
  5. ^ a b 大明堂 学術・教養・学習図書出版”. 2004年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月18日閲覧。
  6. ^ “国士舘大教授が論文を盗用 出版社の抗議でテキスト回収”. 朝日新聞・夕刊: p. 22. (1991年4月25日). "ところが2冊とも、東京・神田の大明堂が1965年に出版した岸本英夫氏(故人)編「世界の宗教」のうち、田丸徳善・元東大文学部教授(現大正大教授)執筆の「キリスト教」、松本滋・聖心女子大文学部教授執筆の「イスラム教」から、最初の数行を除きほぼそのまま引用されていた。"  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧:国立国会図書館データベース
  7. ^ “愛媛大教授の横山昭市さん 首都比較で賞(人きのうきょう)”. 朝日新聞・夕刊: p. 22. (1990年11月21日). "愛媛大学法文学部教授の横山昭市さん(62),,, =の著書『首都』(大明堂刊、3090円)が第12回日本都市学会賞に選ばれ、…"  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧:国立国会図書館データベース
  8. ^ a b 「書評 藤田佳久著『東亜同文書院中国大調査旅行の研究』」『史学』第71巻第2/3号、慶應義塾大学、2002年、 457-466頁。 NAID 110007410935