大村駐屯地

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大村駐屯地
記念式典のFH70による空包射撃(2010年)
記念式典のFH70による空包射撃(2010年)
所在地 長崎県大村市西乾馬場町416
座標 北緯32度55分31秒 東経129度57分20秒 / 北緯32.92528度 東経129.95556度 / 32.92528; 129.95556座標: 北緯32度55分31秒 東経129度57分20秒 / 北緯32.92528度 東経129.95556度 / 32.92528; 129.95556
駐屯地司令 第16普通科連隊長
開設年 1952年
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大村駐屯地(おおむらちゅうとんち、JGSDF Camp Omura)とは、長崎県大村市西乾馬場町416に所在し、第16普通科連隊等が駐屯する陸上自衛隊駐屯地である。

概要[編集]

最寄の演習場は、大多武演習場と大野原演習場。駐屯地北側に屋内射場がある。第16普通科連隊長が駐屯地司令を兼務。資料館が設置されている。

大村駐屯地史料館「鎮西精武館」

大村駐屯地史料館は、1897年(明治30年)に旧陸軍歩兵四十六聯隊の本部兵舎として建てられて現在120年経っている。昭和21年に長崎師範学校として使用し、昭和27年7月第10普通科連隊が針尾駐屯地(現ハウステンボス)から大村駐屯地に移駐、昭和29年8月第10普通科連隊が北海道(滝川駐屯地)へ移駐、昭和29年8月、第16普通科連隊編成完結。昭和55年7月10日から史料館として開放されています。また、大村部隊が旧陸軍で精強とうたわれていたため別名「鎮西精武館」と呼ばれ、鎮西は九州を精武は武勇を意味してます。鎮西精武館は、大村部隊の光輝ある伝統を後生に伝える史料館として、解放されており、館内は14室(旧軍関係11室、自衛隊関係3室)に区分され、歩兵四十六聯隊の戦史・橘中佐・雲仙普賢岳及び東日本災害派遣資料など約千五百点を展示しております。

沿革[編集]

日本陸軍

アメリカ軍等

  • 1947年(昭和22年):米海兵隊第3大隊が移駐。翌年には長崎大学学芸学部校舎に転用される。

警察予備隊

  • 1952年(昭和27年)
    • 6月:第10連隊の先遣隊が針尾駐屯地から移駐。
    • 7月1日:警察予備隊の大村駐屯地として開設。
    • 7月7日:第10連隊の主力が移駐。

保安隊

  • 1952年(昭和27年)10月15日:保安隊が発足。
  • 1953年(昭和28年)9月1日:大村駐とん地業務隊が発足。

陸上自衛隊

駐屯部隊[編集]

第4師団隷下部隊

西部方面隊隷下部隊・機関

防衛大臣直轄部隊

最寄の幹線交通[編集]

重要施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 自衛隊法施行令(昭和29年6月30日政令第179号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ (1954年6月30日). 2016年5月4日閲覧。

参考文献[編集]

  • 生々躍動 創立50周年記念(大村駐屯地編・平成14年4月)