大横田勉

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大横田 勉 Swimming pictogram white.svg
選手情報
フルネーム おおよこた つとむ
国籍 日本の旗 日本
泳法 自由形
生年月日 1913年大正2年)4月20日
生誕地 大日本帝国の旗 大日本帝国広島県
没年月日 1970年昭和45年)
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大横田 勉(おおよこた つとむ、1913年大正2年)4月20日 - 1970年昭和45年)[1])は日本水泳選手1932年ロサンゼルスオリンピック400メートル自由形銅メダルを獲得。明治大学出身。

経歴[編集]

広島県出身。旧制修道中等学校(現・修道中学校・修道高等学校)で主将として活躍する。明治大学在学中の1932年(昭和7年)、200M自由形で2分14秒6、400M自由形で4分50秒4の日本新記録を出した。同年ロサンゼルスオリンピックで圧勝した日本水泳チームに選ばれ胃腸炎に罹ったものの男子400M自由形で銅メダルを獲得した[2]

修道中学校では2期上に河石達吾、1期下に河津憲太郎がおり、同オリンピック競泳で揃ってメダルを獲得した。

明治大学卒業後は陸軍に入り、砲兵大尉として終戦を迎える[3]1950年(昭和25年)12月、陸上自衛隊の前身である警察予備隊に入隊[4]し、第3特科連隊第3大隊長、同副連隊長、防衛大学校教官、岡山地方連絡部長を歴任[5][3]1964年(昭和39年)の東京オリンピックに際しては、オリンピック支援集団司令部競技支援部長としてオリンピックの運営に携わった[3]1966年(昭和41年)4月20日、1等陸佐退官

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 日外アソシエーツWhoplus「大横田 勉(オオヨコタ ツトム,水泳選手)」の項
  2. ^ 河石達吾・大横田勉・河津憲太郎 1932年ロサンゼルス”. 中国新聞社 (2008年4月3日). 2020年10月7日閲覧。 [リンク切れ]
  3. ^ a b c 毎日新聞1964年昭和39年)7月1日東京夕刊9頁「東京五輪大会あと百一日の顔」
  4. ^ 官報』本紙 第7369号(昭和26年8月2日)
  5. ^ 自衛隊年鑑. 1962年 p1053 - 2020年令和2年)10月7日現在、『この資料は、著作権の保護期間中であるか、著作権の確認が済んでいない資料のためインターネット公開をしていません。』の表示。