大田洋子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大田 洋子(おおた ようこ、1906年11月18日[1] - 1963年12月10日)は、日本小説家。本名、大田初子。

広島県広島市出身。8歳のとき父母が離婚したので親戚の大田家の籍に入る。1923年、進徳実科高等女学校(現在の進徳女子高等学校)研究科卒業。小学校教師として江田島に赴任したが6ヶ月で退職。1926年に結婚したが一児を残して出奔。尾道大阪などで女給として働きつつ小説を書く。のち上京し、『女人芸術』に作品を発表。1939年、『海女』で『中央公論』の懸賞小説に一等入選。1940年、『桜の国』で『朝日新聞』一万円懸賞小説に一等入選。

1945年、疎開で広島市に帰郷中、被爆する。占領軍による報道規制の中『屍の街』『人間襤褸』を書き、原爆作家としての評価を確立。

しかし原爆の後遺症により体調を崩し、創作に行き詰まり、昭和30年代から作風を転換して『八十歳』『八十四歳』など老母を主人公に私小説的な心境小説を発表。

『新婦人しんぶん』に小説『なぜその女は流転するか』を連載中の1963年12月10日福島県猪苗代町中ノ沢温泉で入浴中に心臓麻痺を起こして急死。57歳没。

著書[編集]

  • 流離の岸 小山書店 1939 のち角川文庫
  • 海女 中央公論社 1940
  • 桜の国 朝日新聞社 1940
  • 淡粧 小山書店 1941
  • 友情 報国社 1941
  • 野の子花の子 有光社 1942
  • 星はみどりに 有光社 1942
  • 暁は美しく 赤塚書房 1943
  • たたかひの娘 報国社 1943
  • 眞晝の情熱 丹頂書房 1947
  • 情炎 新人社 1948
  • 屍の街 中央公論社 1948 のち潮文庫
  • 人間襤褸 河出書房 1951 のち新潮文庫
  • 半人間 大日本雄弁会講談社 1954 のち新潮文庫
  • 夕凪の街と人と 一九五三年の実態 大日本雄弁会講談社 1955 (ミリオン・ブックス)
  • 八十歳 講談社 1961
  • 大田洋子集 全4巻 三一書房 1982
  • 日本の原爆文学 第2巻大田洋子 ほるぷ出版 1983
  • 屍の街・半人間 講談社文芸文庫 1995

伝記[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 生年月日については異説もある。

関連事項[編集]

  • こうの史代 - 代表作『夕凪の街 桜の国』の前半部分「夕凪の街」は、原爆スラムに暮らす母娘をテーマとしており、その点では大田の小説「夕凪の街と人と」のオマージュ作品といえる。後半の「桜の国」の場合、大田に同名の作品は存在するものの、戦時期の時局小説である大田の作品とこうのの作品に内容上の共通点はない。