大矢根博臣

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大矢根 博臣
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県三豊郡仁尾町(現 三豊市
生年月日 (1935-07-01) 1935年7月1日(82歳)
身長
体重
174 cm
69 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1954年
初出場 1954年
最終出場 1962年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大矢根 博臣(おおやね ひろおみ、1935年7月1日 - )は、日本の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

香川県三豊郡仁尾町(現 三豊市仁尾町)出身。香川県立観音寺第一高等学校卒業。

観音寺一高では1953年(昭和28年)夏の甲子園県予選準決勝に進むが、志度商に惜敗。1954年(昭和29年)に中日ドラゴンズに入団。同年9月23日の対大洋松竹ロビンス戦でプロ初先発で完封勝利、最終戦でも大洋松竹に勝ち、2勝を挙げた。

どんな場面も緊張せず、伸びのある快速球を内角高目にどんどん投げ込むのがスタイル。これにキレ味鋭い外角へのスライダーと速いシュート、今で言うツーシームを混ぜて勝負した。1956年(昭和31年)に先発ローテーションに定着すると、20勝、リーグ3位の防御率1.53の活躍を見せた[1]

1957年(昭和32年)には、ヒジ痛もあって12勝と勝ち星が減り、最後まで調子が上がらなかったが、同年10月12日の対大阪タイガース戦でノーヒットノーランを達成した。「調子はよくなかったが、その分慎重に投げたのがよかった」と振り返る通り、三振わずか2での快挙だった[2]

1958年(昭和33年)には、シュート中心にスライダーも交えたコーナーワーク、さらに沈むシュートを多投して、自己最多の24勝を挙げて3年連続で2ケタ勝利に到達、オールスターゲームにも出場している[3]

しかし、翌1959年(昭和34年)5勝と不振。同年5月3日の対巨人戦では先発登板が発表されていたが、試合前にブルペンで腰痛を発症し出場を回避したが登板は記録された[4]1960年(昭和35年)には、15勝で復調の兆し見せ、〝1年置きのエース〟とも言われた[5]

1960年(昭和35年)11月26日に滋賀県の国道1号線を自動車で走行中に交通事故を起こし同乗者2名が死亡し、自身も頭蓋骨骨折の大怪我を負った[6]。同年12月に小淵泰輔とのトレードで西鉄ライオンズへの移籍が発表された[7]。背番号も「1」に変え、出直しを期したが、わずか2勝に終わり、1962年(昭和37年)限りで現役を引退した。

1963年(昭和38年)に東海ラジオ放送野球解説者に就任。その後は中日ドラゴンズOB会副会長を歴任した。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1954 中日 7 2 0 0 0 2 0 -- -- 1.000 112 27.1 24 1 3 -- 2 12 2 0 8 7 2.25 0.99
1955 32 12 4 2 2 6 5 -- -- .545 577 145.0 123 3 33 2 2 75 4 0 33 25 1.55 1.08
1956 43 30 21 8 7 20 13 -- -- .606 1090 281.1 222 6 43 2 5 119 1 0 60 48 1.53 0.94
1957 29 18 10 4 1 12 7 -- -- .632 639 161.0 123 6 42 3 4 96 0 0 42 41 2.29 1.02
1958 53 38 21 6 4 24 13 -- -- .649 1286 329.2 243 15 93 11 6 147 0 0 67 59 1.61 1.02
1959 12 11 1 0 0 5 1 -- -- .833 273 62.1 66 3 16 0 1 31 0 1 27 21 3.00 1.32
1960 45 28 13 3 0 15 13 -- -- .536 880 216.2 190 15 54 4 2 85 0 0 78 69 2.86 1.13
1961 西鉄 15 11 1 0 0 2 4 -- -- .333 227 52.1 61 2 11 0 1 16 1 0 30 23 3.91 1.38
1962 11 2 0 0 0 0 0 -- -- ---- 85 21.0 24 3 2 0 0 6 1 0 13 13 5.57 1.24
通算:9年 247 152 71 23 14 86 56 -- -- .606 5169 1296.2 1076 54 297 22 23 587 9 1 358 306 2.12 1.06
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

初記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 37 (1954年)
  • 19 (1955年 - 1960年)
  • 1 (1961年 - 1962年)

脚注[編集]

  1. ^ 『日本プロ野球偉人伝 第4弾』(ベースボール・マガジン社)(2013年) 58頁
  2. ^ 『朝日新聞』昭和32年10月13日付朝刊 (12版、9面)
  3. ^ 『新プロ野球人国記 第2巻』(ベースボール・マガジン社)(1987年) 185頁
  4. ^ 『プロ野球記録大鑑(昭和11年-平成4年)』(宇佐美徹也著:ベースボール・マガジン社) 776頁
  5. ^ 『日本プロ野球偉人伝 第4弾』(ベースボール・マガジン社)(2013年) 76頁
  6. ^ 『朝日新聞』昭和35年11月26日付夕刊 (3版、7面)
  7. ^ 『朝日新聞』昭和35年12月18日付朝刊 (12版、9面)

関連項目[編集]