大胡町 (前橋市)

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大胡町
前橋市民文化会館大胡分館「大胡シャンテ」
前橋市民文化会館大胡分館「大胡シャンテ」
大胡町の位置(群馬県内)
大胡町
大胡町
北緯36度24分58秒 東経139度9分32秒 / 北緯36.41611度 東経139.15889度 / 36.41611; 139.15889
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 群馬県旗 群馬県
市町村 前橋市の旗 前橋市
面積
 • 合計 0.65km2
人口
2017年(平成29年)8月31日現在)[1]
 • 合計 1,589人
 • 密度 2,400/km2
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
371-0223[2]
市外局番 027[3]
ナンバープレート 前橋

大胡町(おおごまち)は、群馬県前橋市の地名。旧勢多郡大胡町大字大胡にあたる地名である[4]。郵便番号は371-0223[2]。面積は0.6561km2(2017年現在)[5]

地理[編集]

赤城山南麓に位置している。

河川[編集]

  • 荒砥川

歴史[編集]

南北朝時代頃からある地名である。江戸時代に入ると、宮関村という名前となり、はじめは大胡藩領だったが、元和4年に前橋藩領、明和5年に幕府領天明5年に前橋藩領となる。

大胡城は宮関村の北、河原浜村(現河原浜町)に築かれ、その城下町が同村内に形成されていた。前橋藩領となっても、酒井氏の時代には大胡城下を置き、武家地なども維持されていたが、松平氏の代になると、城代を廃し、武家屋敷も取り去った。しかし、糸市が立ち、宿の機能も果たしていたため在郷町として発展した。

年表[編集]

  • 1834年(天保5年)- 江戸時代の正式な名前の宮関村から大胡町となる。
  • 1889年(明治22年)- 町村制が施行され、7ヶ村が合併し、群馬県南勢多郡大胡村大字大胡となる。
  • 1896年(明治29年)- 郡統合(東群馬郡南勢多郡の統合)により勢多郡になり、群馬県勢多郡大胡村大字大胡となる。
  • 1899年(明治32年)- 大胡村が町制施行し大胡町が成立し、群馬県勢多郡大胡町大字大胡となる。
  • 2004年(平成16年)- 平成の大合併で大胡町宮城村粕川村とともに前橋市に合併し、群馬県前橋市大胡町となる。

地名[編集]

勢多郡に所属していた時は町の名前にもなっている「大胡」だが、前橋市役所大胡支所は近隣の堀越町にある。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
大胡町 685世帯 1,589人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

番地 小学校 中学校
全域 前橋市立大胡東小学校 前橋市立大胡中学校

交通[編集]

鉄道[編集]

近隣の茂木町上毛電気鉄道上毛線大胡駅があるが、町内には鉄道駅がない。

バス[編集]

赤城タクシーが運行を行っているデマンドバス方式のふるさとバスがある。[7]

道路[編集]

県道群馬県道3号前橋大間々桐生線群馬県道74号伊勢崎大胡線群馬県道333号上神梅大胡線群馬県道16号大胡赤城線が通過。

施設[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 人口及び世帯数 - 町別住民基本台帳人口表 - 平成29年8月31日現在 (PDF)”. 前橋市ホームページ. 前橋市 (2017年9月5日). 2019年6月24日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ 合併後の住所表示一覧”. 前橋市ホームページ. 前橋市役所. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ (平成29年版前橋市統計書(平成30年度刊)) 第2章 人口 Page white excel.png (XLS)”. 前橋市ホームページ. 前橋市役所. 2019年6月24日閲覧。
  6. ^ 前橋市立小学校・中学校通学区域”. 前橋市 (2019年2月1日). 2019年6月24日閲覧。
  7. ^ ふるさとバス(デマンドバス・大胡,宮城,粕川地区)のご案内”. 前橋市 (2019年4月4日). 2019年6月24日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 10 群馬県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1988年7月8日(日本語)。ISBN 4-04-001100-7。