大阪国際女子マラソン

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大阪国際女子マラソン
Osaka International Ladies Marathon 2013 Part 2 IMG 0862-2 20130127.JPG
2013年大会 (淀屋橋)
開催地 日本の旗大阪府大阪市
開催時期 1月最終日曜日
種類 公道コース
距離 マラソン
最高記録 2:21:18 日本の旗野口みずき (2003)
創立 1982年
スポンサー 奥村組
公式サイト www.osaka-marathon.jp/
テンプレート

大阪国際女子マラソン(おおさかこくさいじょしマラソン、英語: OSAKA Women's Marathon)は、新春の大阪・なにわ路を舞台に繰り広げる国際マラソンである。1982年から開催。本項目では、同日に開催される「大阪ハーフマラソン(おおさかハーフマラソン)」についても記述する。

概要[編集]

開催日は第1回大会から一貫して1月に行われ、第2回大会以降は1月の最終日曜日に設定されている。第1回〜第3回は「大阪女子マラソン」の名称で実施され、1985年の第4回大会から国際陸上競技連盟の公認を受け、「大阪国際女子マラソン」の名称に変更した[1][2][3]

フルマラソンの部は、長居公園内にある長居陸上競技場(ヤンマースタジアム長居)をスタート・ゴール地点に設定。「3つのクライマックス」とも言われる大阪市の中心街(中之島御堂筋大阪城公園)を抜けて長居陸上競技場に戻る総距離42.195kmのコースで争われる。ただし、コースのルートは数回にわたって変更されている(詳細後述)。

北海道マラソン東京マラソン名古屋ウィメンズマラソンとともに、 日本陸上競技連盟による夏季オリンピック世界陸上競技選手権大会アジア競技大会の女子マラソン日本代表選考会を兼ねているため、毎年激しいレースが繰り広げられている。また、名古屋ウィメンズマラソンとの持ち回り方式[注釈 1]で、女子マラソンの日本選手権を兼ねている[4]

2018年(2017年度)から2020年(2019年度)までの大会は、2020年東京オリンピック・女子マラソンの日本代表選考レースとして開催。2019年(2018年度)の大会に限って「ラップチャレンジ」(8位までの入賞者で30 - 35km区間内のラップタイムが最も速かった選手に賞金[5]を贈呈する企画)を導入するなど、日本国内のフルマラソン大会としては初めての試みも多々為されている(詳細後述)。

主催
共催
主管
  • 大阪陸上競技協会(1983年の第2回までは主催)[6]
後援
協賛
協力
過去の協賛・協力
  • ダイエー:第1回(1982年)〜第20回(2001年)
  • ローソン:第21回(2002年)
  • 三菱自動車工業:第22回(2003年)〜第23回(2004年) - 第1回〜第21回までは車両協力。
  • 日東電工:第24回(2005年)〜第36回(2017年)
  • ミズノ:第1回(1982年)〜第31回(2012年)
  • デサント:第32回(2013年)
  • ゼビオ:第36回(2017年)
  • 大塚製薬:第23回(2004年)〜第26回(2007年)、第36回(2017年)、第37回(2018年)

参加資格[編集]

一般選手の場合
  1. 日本陸上競技連盟の登記・登録者
  2. 開催日現在で満19歳以上の女性
  3. 下記いずれかの記録保持者、又はこれ相当の実力と日本陸上競技連盟が認めた者。
    1. マラソン:3時間10分以内
    2. 30km走:2時間11分以内
    3. ハーフマラソン:1時間28分以内
    4. 10,000m走:37分以内
    ここに掲げた記録は開催日の2年前の1月1日以降のもので、日本陸上競技連盟の公認競技会の記録に限る。なお、世界記録の動向により随時見直される。
招待選手の場合
  1. 外国招待選手(約15名) - 日本陸上競技連盟が推薦する者
  2. 国内招待選手(約20名) - 日本陸上競技連盟が推薦する者
    2017年の第36回大会からは、20代中盤までの若手選手を育成する目的で、国内招待選手に「ネクストヒロイン」と称する特別枠を設定。駅伝や中・長距離走で顕著な実績を残しているフルマラソン未経験者(主に満19歳以上の現役大学生や実業団所属選手)若干名に出場権を与えている。
    招待選手への推薦条件に該当しない女性選手でも、開催日の2年前の1月1日以降に出場したマラソンを2時間50分以内のタイムで完走していれば、「準招待競技者」として扱われる。

なお、参加料は1選手につき10,000円である。

競技コース[編集]

2011年大会からは20年ぶりにコースが変更された[注釈 3][注釈 4]。これにより高低差が23mから9mと少なくなり、より高速なコース設定になった(コース図Google Map)。

  • 長居公園内の長距離走路 - 旧コースでは往路が時計回り・復路が反時計回りだったが、新コースでは往路復路とも時計回りに変更。
  • 長居公園の出入口 - 旧コースでは南駐車場付近だったが、新コースでは南西入口に変更。
  • 幹線道路 - 旧コースから新コースへの変更によって、長居公園通本町通上町筋が除外され、今里筋中央大通の区間を短縮、玉造筋土佐堀通御堂筋の区間を延長し、あびこ筋松虫通城見通を新たに通るようになった(勝山通堺筋中之島通の区間は変更なし)。
  • 折り返し地点 - 旧コースでは長堀川(埋立)の新橋跡だったが、新コースでは道頓堀川道頓堀橋に変更。これにより道頓堀グリコサインを望むロケーションを獲得した。
  • 大阪城公園付近 - 旧コースでは大坂城の南外濠・西外濠沿いの本町通・上町筋を往復し、玉造口 → 雁木坂 → 京橋口と二の丸を通り、筋鉄門跡から北外曲輪を経由して杉山地区を通っていたが、新コースでは杉山地区を通るだけとなり、代わって大阪ビジネスパーク(弁天島)を通るコースに変更。これにより高低差約12mの雁木坂が除外され、第二寝屋川の弁天橋・新鴫野橋寝屋川の片町橋・寝屋川橋を渡るフラットなコースになった。
  • 1994年の第13回大会から1996年の第15回大会までは、長居陸上競技場が改修工事のために長居第2陸上競技場がスタート・フィニッシュとなった[† 1]

直近の成績[編集]

2020年成績
順位 氏名 国名・所属 タイム
1 松田瑞生 日本の旗ダイハツ 2時間21分47秒
2 ミミ・ベルテ英語版 バーレーンの旗 バーレーン 2時間22分40秒
3 シンタエフ・レウェテン英語版 エチオピアの旗 エチオピア 2時間23分03秒
4 メスケレム・アセファ英語版 エチオピアの旗 エチオピア 2時間23分31秒
5 リサ・ウェイトマン英語版 オーストラリアの旗 オーストラリア 2時間26分02秒
 
場所 スタート 中間点 フィニッシュ
時刻 12:10 13:17 14:32
天候 晴れ 晴れ 曇り
気温 10.2 ℃ 13.7 ℃ 12.0 ℃
湿度 62 % 36 % 50 %
風向風速 西 0.5 m/s 南東 0.2 m/s 西 1.3 m/s

日本陸上競技連盟が、前年(2019年9月15日)開催の「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC:2020年東京オリンピック・男女マラソン競技日本代表選考レース)の一環として、さいたま国際マラソン(同年限りで終了)・名古屋ウィメンズマラソンと並んで「MGCファイナルチャレンジ」の対象レースへ指定。女子マラソン競技の日本代表枠(3枠)のうち2枠分まで内定したMGCと同様に、本大会と上記2レースでのゴールタイムが2時間22分22秒(日本陸上競技連盟が設定する派遣標準記録)を切った選手から最も速いタイムを出した選手に代表の残り1枠を充てる方針を打ち出していたため、この記録の突破を促すような環境の下で開催された(詳細後述)。序盤は、MGCに参加しながら内定を見送られていた日本勢(松田・小原怜福士加代子)が中心になって先頭集団を形成すると、例年より多い5人のペースメーカー(ハーフマラソン日本記録保持者の新谷仁美など)に率いられながら、例年より速いペースでレースを展開。しかし、小原は17.5km地点、福士は20.5km地点で先頭集団から脱落した。対する松田は、野口みずきの大会記録(旧コース時代の2003年大会で達成)を上回るペースで31.1km地点からトップを独走した末に、日本人の女子マラソン選手で歴代6位・大会歴代2位(2011年以降の現行コースではトップ)のゴールタイム(2時間21分47秒)で2年振り2度目の優勝。33.7km地点からペースが落ちた影響で大会記録の更新までには至らなかったが、派遣標準記録を突破したことから、日本代表3枠目の選考対象に残った。福士は25km付近で棄権を申し出た後に、(トラック競技を含めての)オリンピック5大会連続出場へのラストチャンスとして、名古屋ウィメンズマラソン(「MGCファイナルチャレンジ」最終レース)へ出場することを明言。前年の本大会で2位(日本勢トップ)・MGCで3位に入っていた小原は完走したものの、2時間28分12秒というゴールタイムで総合13位(日本勢で3位)にとどまった。その一方で、前年の第9回神戸マラソン・女子の部で優勝した「市民ランナー」の山口遥(東京AC・KITAからの一般参加選手)が、2時間26分35秒というゴールタイムで総合7位に入賞。ドイツから初めて出場したカタリナ・スタインラックドイツ語版(本大会の最多優勝者カトリン・ドーレの実娘)も、2時間28分48秒というタイム(総合14位)で完走した。ちなみに、本大会が開かれた2019年度の陸上長距離界では、底の厚いランニングシューズ(NIKEの「ヴェイパーフライ」など)を履いた選手から好記録が続出。本大会の開催直前には、国際陸上競技連盟が競技大会での使用を規制する可能性が報じられていた。本大会には規制が適用されなかったものの、優勝者の松田が履いていたシューズはいわゆる「非厚底型」で、外反母趾に合わせて三村仁司ニューバランスが共同で開発していた。

タチアナ・ガメラによるドーピング違反[編集]

第32回大会(2013年)から第34回大会(2015年)までは、タチアナ・ガメラウクライナ、以下ガメラと表記)が、3大会続けてトップでゴール。第31回(2012年)では2位に入っていた。

しかし、ガメラの生体パスポート検査で異常値を示したことをきっかけに、ガメラがドーピング防止規則違反を犯していたことが第34回大会後に判明。2015年11月24日には、ウクライナ陸上競技連盟が本人に対して、2019年9月までに開催される全ての大会への出場を停止する処分を科した。さらに、ガメラが2011年8月以降に出場した大会での記録を、すべて取り消すことを発表した[13]

日本陸上競技連盟では、上記の期間にガメラが出場した国内大会の主催者に対して、記録取り消しなどの措置を講じることを2015年12月22日付で通達。当大会の事務局でも、同選手の競技成績を記録から削除した上で、同選手よりも下位で完走した選手の各順位を1つずつ繰り上げた。その結果、第32回で当初2位の福士加代子、第33回で当初2位の赤羽有紀子、第34回で当初2位のエレナ・プロコプツカを、優勝者として正式に認定した[14]

2020年東京オリンピックの日本代表選考レースとして開催(2018 - 2020年)[編集]

2018年・2019年(2017年度・2018年度)の大会は、2020年東京オリンピックの女子マラソン競技で日本に3人分の代表枠が割り当てられていることを踏まえて、日本代表候補を決める「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)シリーズの対象レースに指定[15]。2019年・2020年(2018年度・2019年度)の大会では、中学生時代に陸上競技の選手だった浦沢直樹の描き下ろしによる女性ランナーのイラストをイメージキャラクターに採用した。このような環境の下で、2018年の大会では松田瑞生(優勝)と安藤友香(総合3位で日本勢の2位)、2019年の大会では中野円花(総合4位で日本勢の2位)がMGCの出場権を獲得した。

2019年9月15日に東京23区内で開催されたMGCでは、2018年の大会で松田と安藤の後塵を拝していた前田穂南が優勝。本大会への出場経験がない鈴木亜由子が2時間29分2秒というゴールタイムで2位、出場権を獲得後に臨んだ2019年の本大会で日本勢の最上位(2位)を記録していた小原怜が3位に入った。この結果を受けて、日本陸上競技連盟では、「MGCの優勝者については無条件で、2位・3位については、ゴールタイムが派遣標準記録(2時間22分22秒)より速かった選手を日本代表に内定する」という規定を前田と鈴木に適用。小原については、ゴールタイム(2時間22分26秒)が派遣標準記録に4秒届かなかったことから、内定の判断を持ち越した。

その一方で、日本陸上競技連盟では、2020年(2019年度)の大会を、さいたま国際マラソン・名古屋ウィメンズマラソンとともに「MGCファイナルチャレンジ」の対象レースへ指定。以上2大会と本大会でのゴールタイムが2時間22分2秒(派遣標準記録)以内で、最も速いタイムを出した選手を残り1枠(3枠目)の代表に内定する方針を打ち出した。ちなみに、派遣標準記録もMGCでの小原のゴールタイムも上回る選手が出なかった場合には、3枠目を小原へ充てることになっていた。

松田と小原が改めて出場した2020年の大会では、上記の事情を背景に、レースの途中まで先頭集団を先導するペースメーカーを従来の3人から5人に増員。2013年世界陸上競技選手権大会・女子10000mで5位入賞を果たした後に、4年半のブランクを経て、前年(2019年)から競技生活を再開したばかりの新谷仁美(大会9日前の1月16日に参加したアラムコヒューストンハーフマラソンで1時間6分38秒のハーフマラソン日本記録を樹立)も12km地点までのペースメーカーに起用した[16]。また、レースのテレビ中継を担当する関西テレビも、大会史上初めての試みでサポート。ペースメーカーが走るペースを一定に保つ目的で「ペースメーカー制御バイク」を走らせたうえで、バイクに乗車しているディレクターから、ペースメーカーに対して1kmごとに指示を出していた。さらに、先頭集団(30km地点まではペースメーカー)の前方を走るテレビ中継車の後部ラックにシチズン製の正式時計を設置したうえで、5km単位でのラップタイムを随時表示させた[17]。その結果、MGCで4位だった松田が、派遣標準記録より速い大会歴代2位のタイム(日本人の女子フルマラソン選手で歴代6位に相当する2時間21分47秒)で2年振り2度目の優勝。小原は2時間28分12秒というゴールタイム(総合13位)に終わったため、MGCの終了後から暫定的に保持していた3枠目の代表権が消滅(松田へ暫定的に移行)したことに伴って、日本陸上競技連盟における扱いが「日本代表候補選手」(補欠選手相当)に変更された。

なお、2020年の大会を途中で棄権した福士は、棄権からおよそ1か月半後(3月8日)に名古屋ウィメンズマラソンへ出場。この大会でも途中棄権を余儀なくされたが、一山麻緒が松田を上回るゴールタイム(2時間20分29秒:日本人の女子フルマラソン選手で歴代4位・日本国内の女子マラソン大会における日本人選手の最速記録)で優勝したため、日本陸上競技連盟は一山を3人目の代表に内定。松田と小原が補欠に回ることも決まった[18]。しかし、2020年の初頭から日本国内で新型コロナウイルスへの感染が拡大している影響で、同年中の東京オリンピックの開催は見送られている。

歴代優勝者一覧[編集]

優勝者の氏名・国名・所属は当時、 優勝タイム は(当時の)大会記録、 -数字- は優勝回数。

開催日 氏名 優勝タイム 代表選手選考会 等
1 1982年1月24日  リタ・マルキシオ英語版 (ITA) 2時間32分55秒 「大阪女子マラソン」としてスタート
2 1983年1月30日  キャリー・メイ英語版 (IRL) 2時間29分23秒 世界陸上ヘルシンキ大会
日本国内のレースでは初の2時間20分台
3 1984年1月29日  カトリン・ドーレ (DDR) 2時間31分41秒 Olympic flag.svgロサンゼルス五輪
4 1985年1月27日  キャリー・メイ (IRL) -2- 2時間28分07秒 「大阪国際女子マラソン」に改名
5 1986年1月26日  ロレーン・モラー (NZL) 2時間30分24秒 ソウルアジア大会
6 1987年1月25日  ロレーン・モラー (NZL) -2- 2時間30分40秒 世界陸上ローマ大会
御堂筋を取り入れたコースに一部変更
7 1988年1月31日  リサ・マーチン (AUS) 2時間23分51秒 Olympic flag.svgソウル五輪
8 1989年1月29日  ロレーン・モラー (NZL) -3- 2時間30分21秒
9 1990年1月28日  ロザ・モタ (PRT) 2時間27分47秒 北京アジア大会
10 1991年1月27日  カトリン・ドーレ (DEU) -2- 2時間27分43秒 世界陸上東京大会
御堂筋を新橋跡まで延長し折返すコースに変更
11 1992年1月26日  小鴨由水 (JPN)(ダイハツ) 2時間26分26秒 Olympic flag.svgバルセロナ五輪
初マラソン世界最高記録(当時)[† 1]
12 1993年1月31日  浅利純子 (JPN)(ダイハツ) 2時間26分26秒 世界陸上シュトゥットガルト大会
13 1994年1月30日  安部友恵 (JPN)(旭化成) 2時間26分09秒 広島アジア大会
第78回日本選手権を兼ねる[† 1]
14 1995年1月29日 阪神・淡路大震災のため大会中止[† 2] 世界陸上イェーテボリ大会
15 1996年1月28日  カトリン・ドーレ (DEU) -3- 2時間26分04秒 Olympic flag.svgアトランタ五輪
16 1997年1月26日  カトリン・ドーレ (DEU) -4- 2時間25分57秒 世界陸上アテネ大会
第81回日本選手権を兼ねる[† 1]
17 1998年1月25日  リディア・シモン (ROU) 2時間28分31秒 バンコクアジア大会
18 1999年1月31日  リディア・シモン (ROU) -2- 2時間23分24秒 世界陸上セビリア大会
19 2000年1月30日  リディア・シモン (ROU) -3- 2時間22分54秒 Olympic flag.svgシドニー五輪
第84回日本選手権を兼ねる[† 1]
20 2001年1月28日  渋井陽子 (JPN)(三井住友海上) 2時間23分11秒 世界陸上エドモントン大会
初マラソン世界最高記録(当時)[† 1]
21 2002年1月27日  ローナ・キプラガト英語版 (KEN) 2時間23分55秒 釜山アジア大会
22 2003年1月26日  野口みずき (JPN)(グローバリー) 2時間21分18秒 世界陸上パリ大会
2017年3月まで、国内レースの最高記録[† 3]
23 2004年1月25日  坂本直子 (JPN)(天満屋) 2時間25分29秒 Olympic flag.svgアテネ五輪
24 2005年1月30日  エレナ・プロコプツカ英語版 (LVA) 2時間22分56秒 世界陸上ヘルシンキ大会
25 2006年1月29日  キャサリン・ヌデレバ (KEN) 2時間25分05秒 ドーハアジア大会
26 2007年1月28日  原裕美子 (JPN)(京セラ) 2時間23分48秒 世界陸上大阪大会
27 2008年1月27日  マーラ・ヤマウチ (GBR) 2時間25分10秒 Olympic flag.svg北京五輪
28 2009年1月25日  渋井陽子 (JPN)(三井住友海上) -2- 2時間23分42秒 世界陸上ベルリン大会
29 2010年1月31日  アマネ・ゴベナ英語版 (ETH) 2時間25分14秒 広州アジア大会
30 2011年1月30日  赤羽有紀子 (JPN)(ホクレン) 2時間26分29秒 世界陸上大邱大会
御堂筋を道頓堀橋まで延長し折返すコースに変更
31 2012年1月29日  重友梨佐 (JPN)(天満屋) 2時間23分23秒 Olympic flag.svgロンドン五輪
第96回日本選手権を兼ねる[† 4]
32 2013年1月27日  福士加代子 (JPN)[14](ワコール) 2時間24分21秒 世界陸上モスクワ大会
33 2014年1月26日  赤羽有紀子 (JPN)[14](ホクレン) -2- 2時間26分00秒 仁川アジア大会
34 2015年1月25日  エレナ・プロコプツカ (LVA)[14] -2- 2時間24分07秒 世界陸上北京大会
第99回日本選手権を兼ねる[† 5]
35 2016年1月31日  福士加代子 (JPN)(ワコール) -2- 2時間22分17秒 Olympic flag.svgリオデジャネイロ五輪
36 2017年1月29日  重友梨佐 (JPN)(天満屋) -2- 2時間24分22秒 世界陸上ロンドン大会
37 2018年1月28日  松田瑞生 (JPN)(ダイハツ) 2時間22分44秒 ジャカルタアジア大会
マラソングランドチャンピオンシップシリーズ対象レース[† 6]
38 2019年1月27日  ファツマ・サド英語版 (ETH) 2時間25分39秒 世界陸上ドーハ大会
マラソングランドチャンピオンシップシリーズ対象レース[† 7]
39 2020年1月26日  松田瑞生 (JPN)(ダイハツ) -2- 2時間21分47秒 Olympic flag.svg東京五輪(MGCファイナルチャレンジ)
  1. ^ a b c d e f 大阪国際女子マラソン20年誌編纂委員会/編集 『大阪国際女子マラソン20年誌』 日本陸上競技連盟、2001年、81頁。 
  2. ^ 大会直前の1月17日に兵庫県南部地震が発生したため、災害復旧の目的を最優先しなければならない事情により、実行するための各方面からの協力を得られる目途が立たなくなったことによる。大会中止の告知は、当時メインスポンサーだったダイエーの各店頭にも貼り出された。出場予定だった代表選手候補は3月の名古屋国際女子マラソンに振り替えで出場した。
  3. ^ 2017年名古屋ウィメンズマラソンで更新する。
  4. ^ Microsoft Word - 2012大会要項(B.doc - outline.pdf
  5. ^ JAAF主催大会放送予定を公開しています | 公益財団法人日本陸上競技連盟
  6. ^ 指定された記録を上回るゴールタイムで完走した優勝者の松田と、3位の安藤友香(スズキ浜松AC)が出場権を獲得。
  7. ^ 指定されたタイム(2時間28分00秒)を上回った4位の中野円花(ノーリツ)(記録:2時間27分39秒)が出場権を獲得。

放送[編集]

テレビ[編集]

テレビ中継は関西テレビをキーステーションとしてFNS系列28局で放映される。

  • かつては、スポンサーからの要請でTBS系列青森テレビでも2004年まで放送されたが、放送開始の12時の時点では同局がTBS系列である関係などから同時ネットが不可能であるため、時期によってはレース途中飛び乗り、又は1時間遅れ時差ネットが繰り返された。放映されなくなった2005年以降は隣県のFNS系列の放送局(北海道文化放送岩手めんこいテレビ秋田テレビ)が受信可能な地域(ケーブルテレビでの再送信も含む)を除き地上波では見られなくなった。ちなみに、スタート直後に流れるネット局名が書かれたロールには青森テレビは含まれていなかった。
  • また、岩手県では岩手めんこいテレビが開局する以前、TBS系の岩手放送(現・IBC岩手放送)でも1991年まで2時間遅れの時差ネットをしていたこともある。同局はFNSに加盟こそしていなかったものの、FNS系列の番組を数多くネットしていた局であった[注釈 7]
  • 山形県では山形テレビで1993年大会まで放送していたが、その年の4月にテレビ朝日系列ネットチェンジしたため、現在のさくらんぼテレビでのネットが開始された1998年大会まで同県での放送はなかった(ただし近隣系列局の直接受信又はケーブルテレビの再送信で視聴は可能であった)。
  • 第25回大会(2006年)から第27回大会(2008年)までは地上波放送の他にBSデジタル放送のBSフジ、関西テレビが運営するCS放送京都チャンネルで放送日当日に録画放送されていた[注釈 8] が、2009年の第28回大会についてはBSフジでの放送は行われず、京都チャンネルでの放送もこの年が最後となった(2009年4月30日に放送を終了したため[19])。
  • この競技大会の中継には、主に関西テレビのスポーツ担当アナウンサーが関わっている(詳細は後述)。
  • フジテレビ系列のスポーツ番組では、2001年頃から2016年3月まで「FUJI NETWORK SPORT」という共通ロゴを冒頭に表示していたが、この大会の中継では第29回大会(2010年)まで使われていなかった。
  • 提供クレジットは2001年からは協賛社および協力社がカラー表記、日東電工が協賛社になった2005年からは白絨毯の上にスポンサー表記、2010年からはそれまでの一部統一から二部制に分けている(提供表記は従来通りであるが、協賛社・協力社およびアサヒビールはカラー表記)。

放送事故[編集]

  • 第17回大会(1998年)で、フジテレビのみ、この当時は二か国語放送で、CM時の音声も二か国語のままだったり、あまり無関係なテロップが出ていたが、数十分後にCM時の音声がステレオ音声に修正された。
  • 第20回大会(2001年)の提供クレジットでは初めて協賛社部分がカラーテロップになったが、冒頭において「ダイエーグループ」部分のまま切り替えができなくなり、そのままCMへと入ってしまった[注釈 9]。それから数十分後に改めて全スポンサーを紹介した。

エピソード[編集]

第30回(2011年)の実況中継放送に使われた東海テレビと関西テレビのロードレース移動中継車<左が東海テレビ・右が関西テレビの車両>
  • この中継を担当する関西テレビのアナウンサーは、後続番組の競馬中継(2020年の時点では『KEIBA BEAT』)の出演者(同年開催の第39回大会では石田一洋吉原功兼岡安譲服部優陽)と、他の番組の担当者(第39回では杉本なつみ若田部克彦坂元龍斗谷元星奈)が中継に当たっている。かつては大橋雄介が実況やリポート、高橋真理恵が優勝者へのインタビュアーを担当していたが、第37回大会以降の中継ではいずれも副音声の進行役に回っている。また、『KEIBA BEAT』などのスポーツ中継で実況を担当している川島壮雄は、大会当日にも『KEIBA BEAT』へ専念するため、この中継には参加していない。
  • 関西テレビのアナウンサーとして長年スポーツ実況を担当してきた馬場鉄志は、第11回大会(1992年)から第29回大会(2010年)まで、毎年第1移動車から優勝争いを伝えていた。第19回大会(2000年)では、優勝したリディア・シモン(ルーマニア)と2位の弘山晴美との壮絶な争いを、ぎりぎりまで絶叫しながら実況した(この時の詳しいエピソードについては、馬場鉄志#大阪国際女子マラソン実況を参照)。同局のアナウンサー時代に全国的な知名度を得ていた桑原征平も、スポーツアナウンサーでないにもかかわらず、第5回大会(1986年)から5回にわたって出演。日本以外の国籍を有する選手が優勝した場合には、「海外での取材経験が豊富」という理由だけで、優勝者へのインタビュアーを英語で任されることがあった。
  • 第33回大会(2014年)までの放送では、『とくダネ!』(フジテレビ制作)の司会で、当時FNSのマラソン中継コメンテーターを務めていた小倉智昭がMCを担当。直前番組では注目選手、中継の本編では、レースを終えたばかりの優勝選手に話を聞いていた。第29回大会(2010年)から第33回大会(2014年)までは、TOKIO国分太一[注釈 10]も、「スペシャルサポーター」という肩書で中継や関連番組に出演。第34回(2015年)・第35回(2016年)大会では、武井壮十種競技選手出身のタレント)が「スペシャルサポーター」として小倉・国分の役割を継承しながら、レース中に日本人の有力選手を沿道で応援する関係者へのインタビューも随時担当した。第37回大会(2018年)以降は、加藤綾子(フジテレビ出身のフリーアナウンサー[注釈 11]を、中継や「ヒロインブース」(日本人最上位で完走したばかりの選手を迎えるスタジオパート)のMCに起用。第38回大会(2019年)では、「芸能界きってのマラソンランナー」として知られる森脇健児を、副音声のゲストに迎えていた。
  • 移動中継車は毎年2台使われるが、第1移動車は第12回大会(1993年)と第13回大会(1994年)はフジテレビの中継車が、第15回大会(1996年)から第23回大会(2004年)まで東海テレビの中継車が使われ、第2移動車は関西テレビの中継車が使われていた。第24回大会(2005年)からは関西テレビの移動中継車がハイビジョン対応に更新されたのに伴い第1移動車として使用、第2移動車は東海テレビの中継車が使われた。第25回大会(2006年)は全編ハイビジョンで放送するためにフジテレビの移動中継車が第2移動車として使われた。第26回大会(2007年)以降は東海テレビも2006年秋にハイビジョン対応の移動中継車に更新したため、第2移動車として使用されている。一時期は移動中継車が3台使われていた事があり、第19回大会(2000年)では、第1移動車は東海テレビ、第2移動車は関西テレビ、第3移動車は岡山放送の中継車が使われたが、第28回大会(2009年)と第29回大会(2010年)では第3移動車も使われ、第29回大会では岡山放送の小型中継車が使われた。第31回大会(2012年)では、第1移動車は関西テレビ、第2移動車はフジテレビ、第3移動車は東海テレビの中継車がそれぞれ使われた。
    • 近年の中継では、上記の中継車に加えて、複数のバイクが走行。関西テレビのスポーツアナウンサー(主に吉原→新実彰平→岡安)や、現役時代に当大会で2位に入った解説者の千葉真子が、バイクに搭乗しながらリポートを担当する。
  • 前述の通り、第14回(1995年)は阪神・淡路大震災の影響で中止となったため、放送枠を設けていたところには1994年10月に放送された『オールスターものまね王座決定戦!!スペシャル』の再放送と報道特番「大震災の廃墟から立ち上げる人々」を放送した。
  • 第24回(2005年)から第36回(2017年)までメインスポンサーに就いていた日東電工では、第29回(2010年)から第31回(2012年)まで大半のCM枠で「日東電工社員マラソン」を放送。実際のスタート・ゴール地点である長居陸上競技場などで収録されたマラソン風のロケ映像に、役員や社員の一部が登場していた。また、関西テレビを初めとするFNS系列局では、この大会を応援する日東電工のCMを大会の直前から放送。JR西日本321系電車225系電車車内のWESTビジョンでも、ほぼ同じ内容のCM動画を流していた。
  • 2020年東京オリンピックの開催を控えて「待ってろ、東京。」というキャッチフレーズを掲げた第37回(2018年)・第38回(2019年)大会の放送では、皆口裕子が声を当てた「待ってろ、東京。」というフレーズ音源を、中継の予告CMや中継のCM前に流していた。同オリンピック女子マラソン日本代表の最終選考(MGCファイナルチャレンジ)を兼ねた第39回(2020年)大会では、VTRナレーターの北浦愛が、「最後は、私。」というキャッチフレーズで声を当てている。

イメージソング[編集]

第6回大会(1987年)から第37回大会(2018年)までのテレビ中継では、THE ALFEEが大会ごとに異なるイメージソングを提供していた。いずれの楽曲も、THE ALFEEの高見沢俊彦が、作曲と作詞を担当。大半の大会では、先頭集団が大阪城公園に差し掛かったタイミングで、中継映像から一時的に音声・テロップを消すとともに、映像と重ねながらイメージソングを流していた。

THE ALFEEから提供された楽曲の総数は31曲で、提供を終了した2018年には、「同一国際スポーツ大会のテレビ放送における同一アーティストによる最多テーマソング数」というカテゴリーでギネス世界記録に認定[20]。同年12月19日には、全31曲を収録したアルバム「Last Run!」が発売された。

補足
  • 高見沢・坂崎幸之助桜井賢の3名で構成されるTHE ALFEEが1987年からイメージソングを提供した背景には、当時のテレビ中継技術などの制約によって、走者がルートの複雑な大阪城公園に入ると中継の電波などが途切れやすかったことが挙げられる。関西テレビでは、このような事情を背景に、同公園内からの中継でイメージソングを流すことを考案[22]。THE ALFEEが当時ライブで披露していた『夢よ急げ』を、最初のイメージソングに採用した。高見沢によれば、「(『夢よ急げ』の歌詞の一節である)”シナリオのないドラマ”がマラソンのイメージによく合うのではないか」という同局からの提案を受けて、楽曲の使用を快諾したという。以上の経緯で迎えた同年の第6回大会では、小雪が舞う大阪城公園の中継映像に合わせて『夢よ急げ』を流した。
  • 1990年の『Flower Revolution』は、この年に大阪で開催された国際花と緑の博覧会(花の万博)のテーマソングでもある。この年の第9回大会には、THE ALFEEのメンバーから初めて、高見沢がテレビ中継にゲストで出演。1992年の第11回大会には、坂崎もテレビ中継のゲストに招かれた。
  • 1995年には、大会の直前に阪神・淡路大震災が発生した影響で、大会自体を中止。この年のイメージソングに決まっていた『LIBERTY BELL』は2年後の1997年大会に使われた。なお、1997年大会ではCM前のアイキャッチで同曲のクラシックバージョンを使用していた。
  • 1998年の第17回大会では、桜井と女声合唱団が、この年のイメージソングである『Beyond The Win』を長居スタジアムのスタンドからマラソンのスタート直前(テレビ中継のオープニング)にアカペラで披露するという演出が施された。2006年の第25回大会テレビ中継のオープニングでは、長居スタジアムのフィールドに設営されたステージから、THE ALFEEがこの年のイメージソング『ONE』を熱唱した。
  • 1996年1月19日には、この年までのイメージソングと過去の名場面を収録したビデオ「大阪国際女子マラソン 1982〜1994」を発売。2004年3月10日には大阪国際女子マラソンの歴代イメージソングを集めたアルバム『夢よ急げ -大阪国際女子マラソンイメージソング・アルバム-』が発売された。
  • 大会のテレビ中継を担当するカンテレ(関西テレビ)では、第37回大会の開催9日前(2018年1月19日)に、同大会限りでイメージソングの制作・放送を終了することを社長の福井澄郎が発表した。制作畑出身の福井は、通算で31曲ものイメージソングを制作したTHE ALFEEに対して最大限の謝意を示す一方で、「マラソンも、2020年東京オリンピックに向けて(日本代表選手の)選考方法が変わるなど、次の世代をにらんだ段階に入ってきた。(中継)番組の方も、少しずつ作りを替えて、新しい中継の仕方を模索していきたい。次のステップに進むために、第37回大会で一つの区切りを付けさせていただいた。翌(2019)年以降の大会で、別の歌手に中継のイメージソングを作っていただくことまでは考えていない」と説明している[23][24]
    • カンテレでは、THE ALFEEによるイメージソングの製作秘話に焦点を当てた特別番組『THE ALFEEが奏でた42.195kmの旋律』を、2018年1月23日の1:28 - 1:58(22日の25:28 - 25:58)に関西ローカルで放送[25]
    • 第37回大会の中継では、『勇気凜々』をエンディングで放送。放送の直前には、ヤンマースタジアム長居でスタートとゴールの実況を担当した若田部が、「この楽曲が、ランナーに贈る最後の応援歌となりました。優勝した松田選手には、THE ALFEEからのエールを胸に、オリンピックへ歩みを進めて欲しいと思います」というメッセージを添えた[24]

ラジオ[編集]

2014年までラジオ大阪(制作局、以下「OBC」と略記)が実況生中継を実施。OBC所属のアナウンサーがほぼ全員出演したほか、スポーツアナウンサーの中井雅之(同局出身のフリーアナウンサー)や深山計ニッポン放送出身のフリーアナウンサー)が実況やインタビューを担当していた。通常は日曜日の10:00 - 16:30に関西ローカルで放送する競馬中継OBCドラマティック競馬』については、当マラソンの中継をはさむ格好で、第1部(10:00 - 12:00)と第2部(15:00 - 16:30)に分割。マラソン中継の時間帯に実施されたレースの結果を、第2部でまとめて伝えていた。

第1回大会から2009年大会までは、ニッポン放送でも同時ネット。当マラソンがオリンピックの女子マラソン日本代表予選を兼ねていた2008年大会では、東海ラジオ福井放送も同時ネットで放送した。しかし、ニッポン放送では、2009年から日曜午後枠のレギュラー番組の放送を優先[注釈 12]。このため、2009年以降の大会では、OBCが関西ローカル向けに中継を実施した。2015年からは、『OBCドラマティック競馬』の通常編成に変更する一方で、大会の直前には従来どおり告知CMを放送している。

インターネット配信[編集]

関西テレビでは2020年の第39回大会中に、インターネットライブ配信に関する実証実験を実施。地上波テレビ放送向けに制作したレース中継の映像をTVerでも動画で同時に配信したほか、LINE NEWS内の動画連携機能「Replay Cast」を介して、LINEユーザーに対するレース状況のプッシュ配信をリアルタイムで実施した。いずれも大会初の試み[26]で、日本国内の地上波テレビ局のスポーツ中継における「Replay Cast」の活用は、バレーボールワールドカップ中継(フジテレビ制作)と卓球ワールドカップ団体戦中継テレビ東京制作、いずれも2019年に初めて実施)に次いで3例目である[27]

大阪ハーフマラソン[編集]

大阪ハーフマラソン
開催地 日本の旗大阪府大阪市
開催時期 1月最終日曜日
種類 公道コース
距離 ハーフマラソン
最高記録 男子: 日本の旗丸山竜成 1時間01分58秒(2020)
女子: ケニアの旗カプッチ・セリー・チェピエゴ 1時間09分43秒(2015)
スポンサー 奥村組
公式サイト http://half.osaka-marathon.jp/
テンプレート

大阪国際女子マラソンと同時開催されるハーフマラソン大会。 2009年から、大阪国際女子マラソンとほぼ同一の主催・後援・協賛・協力[注釈 13]で開催されている。男子選手も参加可能である。 コースは、「スタート地点が大阪城公園東側(玉造筋)」「玉造筋で2回折り返し(舟橋町交差点南・玉造筋北端)」「長居公園内の長距離走路は反時計回り」である以外は、森ノ宮駅前交差点以南において大阪国際女子マラソンの復路と同じである。勝山通の区間で大阪国際女子マラソンの選手とすれ違う。制限時間はヤンマースタジアム長居 マラソンゲート前において2時間以内に通過しなければならない。国内のハーフマラソン大会においては、最も制限時間の短い大会である。

なお、2020年大会においては気温上昇による影響で、2個所の給水ポイント用・紙コップが不足する事態が発生し、その地点で給水出来ないランナーが続出した為、後日事務局よりお詫びの文面が公式サイトに掲載された[28]

歴代優勝者

優勝者の氏名・所属は当時、 優勝タイム は(当時の)大会記録。2009年以降、JAAF登録の部(男子・女子)のみ掲載。

開催日 JAAF登録の部 男子 優勝タイム JAAF登録の部 女子 優勝タイム
2009年1月25日 宮里康和(信太山自衛隊) 1時間09分44秒 嶋原清子( セカンドウィンドAC) 1時間13分15秒
2010年1月31日 山岡雅義(大塚製薬) 1時間04分04秒 田中千洋(大通) 1時間17分39秒
2011年1月30日 森本直人(山陽特殊製鋼) 1時間04分39秒 林田詩緒里(大阪芸術大学) 1時間15分18秒
2012年1月29日 幸田高明(旭化成) 1時間03分54秒 村山麻衣子(ヤマダ電機新潟) 1時間12分46秒
2013年1月27日 足立知弥(旭化成) 1時間04分54秒 田端沙紀(大塚製薬) 1時間13分01秒
2014年1月26日 鍋谷紀之(大阪府警察) 1時間03分55秒 樋口紀子(ワコール) 1時間12分44秒
2015年1月25日 幸田高明(旭化成) 1時間04分02秒 カプッチ・セリー・チェピエゴ(九電工) 1時間09分43秒
2016年1月31日 松尾良一(旭化成) 1時間04分13秒 伊藤舞(大塚製薬) 1時間10分27秒
2017年1月29日 芝田俊作(大阪府警察) 1時間03分05秒 小原怜(天満屋) 1時間10分02秒
2018年1月28日 伊藤和麻(住友電工) 1時間02分10秒 芦麻生(九電工) 1時間11分26秒
2019年1月27日 谷原先嘉(大阪府警察) 1時間02分48秒 岩出玲亜(ドーム) 1時間09分46秒
2020年1月26日 丸山竜成(八千代工業) 1時間01分58秒 吉川侑美(ユニクロ) 1時間10分29秒

脚注[編集]

[脚注の使い方]
注釈
  1. ^ 2019年までは、当時開催されていたさいたま国際マラソンを加えた3年おきの持ち回り方式。
  2. ^ 第1回〜第27回までの社名はシチズン時計。
  3. ^ 2007年世界陸上大阪大会でも変更前のコースで男子マラソンも行われた
  4. ^ 1991年から2010年のコース(Google Map), http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&gl=jp&ie=UTF8&view=map&msa=0&msid=100181663012752449918.00045e52172b3532d2883&ll=34.613829,135.519522&spn=0.003814,0.005804&z=16 
  5. ^ 今回の代表は共にセカンドウィンドAC所属の加納由理嶋原清子の2人が選出。
  6. ^ しかし渋井は世界陸上ベルリン大会本番前、右足甲骨の疲労骨折により欠場を表明。
  7. ^ 青森テレビとは対照的にネット局名が書かれたロールにもなぜかクレジットされていた。
  8. ^ 日東電工などのスポンサーCMは一切なく、BSフジではCM入り・CM明けの時に黒画面によるフェードイン・アウトが行われていた。
  9. ^ シンボルマーク部分はオレンジ色でマーク下の「Daiei」ロゴ、キャッチコピー及びダイエーグループ部分は黒色だった。
  10. ^ 2009年4月から2014年12月末まで、『すぽると!』土曜版のメインキャスターを担当していた。
  11. ^ 2016年4月から2018年3月末まで『スポーツLIFE HERO'S』の日曜版、2019年4月から『Live News it!』の平日版でメインキャスターを担当。
  12. ^ 2009年からは、名古屋国際女子マラソン中継の同時ネット中継も打ち切っている。
  13. ^ 大阪国際女子マラソンとの違いは、「大阪陸上競技協会が主催」「日本陸連が後援」であること。
出典
  1. ^ 大阪国際女子マラソン20年誌編纂委員会/編集 『大阪国際女子マラソン20年誌』 日本陸上競技連盟、2001年、21頁。 
  2. ^ 大阪陸上競技協会 『大阪陸上競技協会・七十年史』、1992年、98頁。 
  3. ^ 関西テレビ放送(編) 『関西テレビ放送50年史』、2009年、69頁。 
  4. ^ 『日本陸上競技選手権 100回記念 MEMORIAL BOOK』 日本陸上競技連盟、2016年、110頁。 
  5. ^ 8位までの入賞者で最も速かった選手に、賞金50万円を贈呈。導入時点(第38回大会)でのコースにおける30 - 35km区間内での最速記録(第37回大会で松田瑞生が記録した16分19秒)を上回った場合の賞金(50万円)も別立てで用意しているため、両方の条件を満たした選手は、総額で100万円の賞金を獲得できるようになっていた。
  6. ^ a b 大阪陸上競技協会 『大阪陸上競技協会・七十年史』、1992年、496頁。 
  7. ^ “奥村組は「大阪国際女子マラソン」に協賛します” (プレスリリース), 奥村組, (2017年7月12日), http://www.okumuragumi.co.jp/news/2017/index6.html 2017年8月23日閲覧。 
  8. ^ a b c d “【ドーピング】ガメラ、4年間出場停止 大阪国際女子マラソンで3連覇など抹消へ”. 産経新聞. (2015年11月25日). http://www.sankei.com/sports/news/151125/spo1511250032-n1.html 2015年11月26日閲覧。 
  9. ^ 大阪国際女子マラソン、前田親子がギネス記録超え”. J-CASTニュース (2014年1月27日). 2014年3月13日閲覧。
  10. ^ 共同通信社 (2012年1月25日). “女子マラソン野口が大阪国際欠場 3月名古屋でロンドン挑戦”. 47NEWS. 全国新聞ネット. 2012年2月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年2月11日閲覧。
  11. ^ 共同通信社 (2012年1月29日). “重友がマラソン初優勝、大阪国際 初の五輪代表確実に”. 47NEWS. 全国新聞ネット. 2012年2月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年2月11日閲覧。
  12. ^ 共同通信社 (2011年12月16日). “マラソンの嶋原、大阪国際で引退 出産準備などを理由に”. 47NEWS. 全国新聞ネット. 2014年8月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年2月11日閲覧。
  13. ^ “大阪国際3連覇ガメラ ドーピング違反で4年間の出場停止”. スポニチアネックス. (2015年11月26日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/11/26/kiji/K20151126011577000.html 2016年2月25日閲覧。 
  14. ^ a b c d “ドーピング違反のガメラ、大阪国際3連覇の成績削除 下位選手の順位を繰り上げ”. 産経WEST. (2015年12月22日). http://www.sankei.com/west/news/151222/wst1512220067-n1.html 2015年12月23日閲覧。 
  15. ^ マラソン代表の選考方法、MGCレースとは?これまでとの違い
  16. ^ 【大阪国際女子マラソン】ハーフ日本新のスピードランナーがペースメーカーに 新谷仁美「選手の力添えをしたい」(『産経ニュース2020年1月23日付記事)
  17. ^ 大阪国際女子マラソン』に福士、松田、小原ら有力選手が出場を表明!(関西テレビ公式サイト「カンテレTIMES」2019年12月17日付記事)
  18. ^ 東京五輪マラソン代表 女子の小原と松田は補欠に(『毎日新聞2020年3月8日付記事)
  19. ^ 「関西テレビ☆京都チャンネル」放送終了の件について
  20. ^ THE ALFEE、ギネス世界記録に認定 坂崎「長生きするもんだね」,スポーツニッポン,2018年12月25日
  21. ^ a b 大阪国際女子マラソン20年誌編纂委員会/編集 『大阪国際女子マラソン20年誌』 日本陸上競技連盟、2001年、79頁。 
  22. ^ 阪神に重友の粘り腰があれば…,サンケイスポーツ,2017年1月30日
  23. ^ ALFEE、今年が最後…30年以上続いた大阪国際女子マラソン」テーマ曲,デイリースポーツ,2018年1月19日
  24. ^ a b 32年31曲 大阪国際女子マラソン“ラストラン”アルフィーに労いの声,スポーツニッポン,2018年1月28日
  25. ^ カンテレ社長、大会ソング“卒業”ALFEEに感謝,日刊スポーツ,2018年1月19日
  26. ^ 「第39回大阪国際女子マラソン」インターネットライブ配信に関する実証実験を実施!(「カンテレTIMES」2020年1月22日付記事)
  27. ^ 「第39回大阪国際女子マラソン」がLINE NEWS「Replay Cast」と連携 レース状況をリアルタイムでLINEにプッシュ配信LINE2020年1月16日付ニュースリリース)
  28. ^ お詫び(2020大阪ハーフマラソン事務局)

関連項目[編集]