大阪市交通局20系電車

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大阪市営地下鉄20系電車
(共通事項)
基本情報
運用者 大阪市交通局(2018年3月まで)
大阪市高速電気軌道(2018年4月から)
製造年 1984年 - 1998年
主要諸元
軌間 1,435 mm
電気方式 直流750V(第三軌条方式
減速度(常用) 3.5 km/h/s
減速度(非常) 4.5 km/h/s
車両定員 (先頭車)130 (39) 名
(中間車)140 (45) 名
全長 (先頭車)18,900 mm
(中間車)18,700 mm
全幅 (先頭車)2,890 mm
(中間車)2,880 mm
車体 アルミ(20系)、ステンレス(新20系)
台車 インダイレクトマウント・ノースイングハンガー・軸バネ式台車
DS-20
主電動機 かご形三相誘導電動機
主電動機出力 140 kW × 4
駆動方式 WNドライブ
歯車比 103:14 (7.36)
制御方式 VVVFインバータ制御
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大阪市交通局20系電車(おおさかしこうつうきょく20けいでんしゃ)は、大阪市交通局1984年より量産を開始した通勤形電車である。2018年(平成30年)4月の大阪市交通局民営化にともない、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)に継承された。

電機子チョッパ制御車である10系の試作車として1973年に製造された20系(初代)1984年より量産が開始されたVVVFインバータ制御車の20系(2代)、1990年平成2年)に登場したステンレス車体の新20系(21 - 25系)の3グループが存在する。

本項では20系(2代)および新20系ならびに大阪港トランスポートシステム1997年(平成9年)に導入した、新20系と同一設計の大阪港トランスポートシステムOTS系電車について記述する。

概要[編集]

1985年4号線(中央線)深江橋 - 長田 間開業などに伴う所要車両数増加への対応や、老朽化や陳腐化が目立ち始めていた50系30系などの抵抗制御車の淘汰とこれに伴う保守の合理化、それに冷房化率の向上による乗客サービスの改善を目的として開発・量産された18.7m級4扉車群である。

3相交流誘導電動機をインバータ制御器で制御・駆動する当時最新のVVVF制御システムを搭載しており、大阪市交通局第3軌条集電方式を用いる高速電気軌道全線で使用可能である。

その外観形状から、先行する10系のそれを踏襲したアルミ合金製車体を備える20系(2代:以降「20系」とのみ表記」)と、軽量ステンレス製車体を備える新20系の2グループに大別される。

開発経緯[編集]

本系列開発の基礎となった、大阪市交通局におけるVVVF制御の実用化研究は、元々石油ショックをきっかけとする建設費高騰に抗するべく1979年3月に局内に設置された「地下鉄小型化調査委員会」における地下鉄車両の小型化研究を出発点としている。

後に7号線(長堀鶴見緑地線)向け70系8号線(今里筋線)向け80系として結実することになるこの研究の過程では、建設費高騰の最大の要因であるトンネル断面の縮小を目的として、車輪径や床面高さの縮小が重要課題として取り上げられた。これらの課題については、折からの半導体技術の進歩、特にインバータ装置の心臓部となる主回路のスイッチング素子とそのパターン制御に必要となるマイクロプロセッサの急速な進歩によって、解決の道が開かれた。

これらの技術革新により、従来は実用化が困難と見られていた、三相交流誘導電動機と小直径車輪を用いた駆動システムの実用化の目処が立った。

従来、三相交流誘導電動機は整流子を持たないため保守上問題となる摩耗部品が軸受に限られ、フラッシュオーバーの危険がなく軽量・コンパクトで高回転数化や大出力化が容易、しかも直流電動機を上回る再粘着特性が得られるという大きなメリットを備えていて、鉄道技術者からは「夢の電動機」とさえ呼ばれていた。

だがその反面、三相交流誘導電動機には一定周波数・一定電圧の下で一定回転数を保とうとする性質があり、起動トルクが小さいという問題があって長らく高速電気鉄道での利用は困難視されていた。この問題が、この時期になって実用段階に入りつつあった高速・高耐圧・大出力かつコンパクトなスイッチング素子と、これをプログラムに従って波形制御するマイクロプロセッサを組み合わせ、電圧型PWM制御によって可変電圧・可変周波数(Variable Voltage Variable Frequency:VVVF)制御を行うことで解決可能となったのである。しかも、この制御法により直流整流子電動機に近い、あるいはそれを上回る優れた出力・粘着特性を得ることさえも可能となった。

こうした周辺技術の進歩・成熟を踏まえ、高速電車用VVVF制御システムの開発が日立製作所三菱電機、それに東芝といった有力電機メーカー各社を交えて開始された。この制御システムについては大阪市交通局と同時期に日本国有鉄道近畿日本鉄道東京急行電鉄などが、それぞれの取引先である電機メーカー各社と共同で大規模な研究開発を実施していたが、直流1500Vの下での高速電車への適用にフォーカスしていた各社とは異なり、大阪市交通局のプロジェクトは低床のミニ地下鉄での使用を前提としてコンパクトな機器開発を重視していた点で一線を画していた。

もっとも、ミニ地下鉄の技術的可能性を探るというその開発経緯ゆえに、大阪市ではVVVF制御そのものの開発とスイッチング素子の開発[注 1]が同時進行するという異例の事態となった。この点では単純に大形高速電車への適用に特化して研究を進められた他社とは状況が異なっており、これは後にVVVF制御車の営業運転開始時期で近鉄や東急の後塵を拝する一因となった。

この全く新しい制御システムの開発過程では、漏洩ノイズ等によるATSの軌道回路や変電所などへの影響を調べるため、営業線上での機器の車載運用試験を行う必要があった。そこで、当時3号線(四つ橋線)から5号線(千日前線)への転用の過程で余剰車が発生していた100形(2代)がそのテストベッドに選ばれ[注 2]、ミニ地下鉄を想定した低い床面高さに設けられた支持架に装架する形で試作機器を搭載して試験運転が実施された[注 3]

この試験運転では黎明期の低耐圧で動作の不安定なGTOサイリスタ素子を使用[注 4]していたこともあって素子破壊[1]が頻発しており、その開発は難航したという。もっとも、その後半は回路構成上の様々な対策や実装ノウハウの蓄積、それに何よりメーカー各社で量産がようやく軌道に乗り始めた2500V 2000A級GTOサイリスタ素子そのものの動作安定性および生産歩留まりの向上により、飛躍的に信頼性や動作安定性が向上して順調にテストメニューを消化しており、この一連の試験結果はミニ地下鉄実用化に当たっての技術的な裏付けとなり、また20系の搭載機器設計に貴重なデータを提供することともなった。

こうした技術開発の成果を受け、量産先行試作車としてメーカー各社が分担して製造した20系第1編成は1984年3月に竣工[注 5]した。これは日本初のVVVF制御による誘導電動機搭載鉄道車両となった熊本市交通局8200形[注 6]に続くものであり、したがって高速電気鉄道用として完成したものとしては日本初のVVVF制御車となっている。

車種構成[編集]

本系列は20系、新20系共に以下の各形式で構成される。なお、形式の100の位の数字は先行する10系に倣って付番されている。

  • 2000形
    • 両方の台車に集電装置を装備する電動車(Ma)。
  • 2100形
    • 片方の台車に集電装置を装備する電動車(Mb)。
  • 2200形
    • 両方の台車に集電装置を装備する電動車(Ma)。
  • 2300形
    • 片方の台車に集電装置を装備する電動車(Mb)。
  • 2400形
    • 両方の台車に集電装置を装備する電動車(Ma)。
  • 2500形
    • 主要機器を搭載しない付随車(T)。
  • 2600形
    • 空気圧縮機や補助電源装置などの補機を搭載する制御車(Tec)。6両編成以下(御堂筋線21系以外)の場合は両方の台車に集電装置を装備する。
  • 2700形
    • 片方の台車に集電装置を装備し、空気圧縮機を搭載する付随車(Tbp)。
  • 2800形
    • 主要機器を搭載しない付随車(T)。
  • 2900形
    • 空気圧縮機や補助電源装置などの補機を搭載する制御車(Tec)。4両編成(千日前線25系)の場合に限り両方の台車に集電装置を装備する。

なお、投入線区の輸送需要により編成両数が決定されるため、御堂筋線用21系以外の各グループについては、それぞれ未製造の形式が存在する。

編成[編集]

編成は両端に付随車あるいは制御車を、中央に電動車をそれぞれ置いた4両編成を2セット組み合わせた8両編成を基本に計画されており、以下の通り各線の輸送状況に応じて車両数を加減している。

以下の例は20系・新20系の例である。編成の右側(2900形)は御堂筋線なかもず寄り・谷町線大日寄り・四つ橋線住之江公園寄り・中央線長田(学研奈良登美ヶ丘)寄り・千日前線野田阪神寄り・各線共通で緑木検車場寄りである。

御堂筋線 10両編成
2600 2000 2100 2700 2400 2800 2500 2300 2200 2900
Tec1 Ma1 Mb1 Tbp Ma1' T' T Mb2 Ma2 Tec2
御堂筋線 9両編成(当初)
2600 2000 2100 2700 2400 2800 2300 2200 2900
Tec1 Ma1 Mb1 Tbp Ma1' T' Mb2 Ma2 Tec2
基本計画 8両編成
2600 2000 2100 2700 2800 2300 2200 2900
Tec1 Ma1 Mb1 T1' T2' Mb2 Ma2 Tec2
谷町線
四つ橋線
中央線    6両編成
2600 2100 2800 2300 2200 2900
Tec1 Mb1' T' Mb2 Ma2 Tec2
四つ橋線 5両編成(当初)
2600 2100 2300 2200 2900
Tec1 Mb1' Mb2' Ma2 Tec2
千日前線 4両編成
2600 2100 2300 2900
Tec1 Mb1 Mb2 Tec2


なお、本系列は従来の30系や10系と同様に、車庫・工場内での入れ替え作業や保守の便を図り、編成を中間で分割可能なように設計されており、上記では簡易運転台付きの車両を ' 記号で表記している(編成図の枠内部を緑色にした車両が該当)。

車体[編集]

各系列ともに、18.7m級車体に両開き扉を4か所ずつ設置する、7000・8000形以来の標準的なレイアウトに従う。このため窓配置は2600・2900形がdD2D2D2D1、それ以外が1D2D2D2D1(d:乗務員扉、D:客用扉、数字:側窓数)となり、全車に戸袋窓が設置されていない。

座席はいずれもロングシートである。

20系[編集]

10系と同様に側窓として2段上昇窓を備える切妻構造のアルミ合金製車体である。

ただし、アルミ合金の加工法の発展によって大型押し出し型材や薄肉型材、あるいは中空型材の使用が可能となったことで構体設計が全面的に見直されてよりシンプルにリファインされ、また従来よりも105mm薄くなった新型冷房装置の開発によって当時の10系では1段低くなっていた両端部分の天井が他と同一平面とされ、冷房の吹き出し口も通常のスリット型となるなど内装もより洗練されたものとなっており、開発時期の相違を反映して10系より一歩進んだ設計[注 7]となっている。

前面は10系と同様に周縁部に枠状のFRP製縁飾りを取り付けたいわゆる額縁スタイルであるが、ガラス窓が10系と異なり上辺が屋根との接合部まで届かず本来の窓枠上部に設けられた方向幕の部分で止められ、その代わりに窓周辺をブラックで塗装する当時流行のスタイルが取り入れられている。このため、前照灯と標識灯は前面窓上部の妻板左右に各1灯ずつ角形灯具を左右に並べて一体化したユニットを振り分けて埋め込まれており、10系に近いながらも固有性の高いデザインとなっている。

新20系[編集]

本系列では30系以来、久々のステンレス車体が採用された。

もっとも、鋼製の構体にステンレスの外板を貼り付けたセミステンレス車体ではなく、当時最新の有限要素法によってコンピュータ上で強度計算を行って設計された、高抗張力ステンレス鋼を全面的に用いる軽量構造ステンレス車体[注 8]となっており、在来のアルミ車に匹敵するスペック[注 9]をより低廉な製造コストで実現している。

また、エクステリアデザインについては抜本的な改良が加えられており、側窓にはバランサ内蔵の1段下降窓が採用され、前面は従来通り縁取りを設けその内側をダークグレーに塗装するいわゆる「額縁」状のデザインとされたものの、新たに緩やかな曲面を描く「く」の字状の流線型デザインが取り入れられた。この新デザインでは2つの前照灯が前面中央に左右に並べて配され、LEDによる標識灯がFRP製外縁の窓高さに組み込まれた斬新なデザインとなって視認性の向上が図られており、シンプルな造形ながら冷房付きの新車登場を市民に強くアピールすることともなった。なお、側面には薄い板材が使用される外板の溶接ひずみを目立たなくするためにプレス加工によるビードが入っている。

さらにサービス向上のため、室内灯への50系以来久々となるグローブの取り付け[注 10]、座席へのコイルばねによるクッションの追加、車体側面への行先表示器の設置(後に他系列の更新車にも設置)、 非常通報装置のインターホン化、それに客用扉上部への車内案内表示装置の設置などが実施されているのも大きな特徴であるが、これらの改良は以後の10系および20系の更新メニューに反映されている。

なお、本系列は短期間で大量生産されたためか、保守に関係のない部分の設計や工作方法についてはある程度メーカー各社の裁量に任されており、近車と東急製は側構体と台枠の結合部がインダイレクトスポット溶接されているが他社製は栓溶接のうえカバーが被せられている、といった相違が存在している。

主要機器[編集]

本系列は、日本の高速電車におけるVVVF制御技術開発の揺籃の一つとなった点で特筆される。

主電動機[編集]

新20系 VVVFインバータロゴ

20系では上述のような開発経緯によってVVVF制御が採用された。このため、従来の10系までと比較して整流子が不要となり、主電動機容積に余裕が生まれて磁気回路の容量が増強され、10系の東芝SE-617Aと比較して10kW増の端子電圧550V時1時間定格出力140kW/1600rpmが実現された。

もっとも、製造メーカーはこれまで東芝の1社指名であったものが、制御器の製造に参加する3社全てから供給される[注 11]ように改められており、このため東芝SEA-309、日立HS-34529-02RB、三菱MB-5012-Aと3種の4極自己通風式三相かご形誘導電動機が採用されている。また、後継となる新20系ではそれぞれ小改良が加えられ、東芝SEA-309B、日立HS-34529-04RB・-05RB、三菱MB-5012-A3・-A4となっているが、型番がサフィックスの変更で終始しているという事実が示す通り、いずれも基本的な仕様には変更はない。

駆動システムは全電動車とも従来通りのWNドライブを採用しており、歯数比は103:14である。

制御器[編集]

20系の段階ではGTOインバータの容量[注 12]などの制約から1台の制御器で2基の主電動機を制御する1C2M構成のものを2セット搭載しており、制御器はそれぞれ東芝BS-1408-B、日立VF-HR-103、三菱SIV-V564-M-1・-2であった。なお、インバータの制御周波数は2 - 111Hzである。

これに対し新20系ではGTOサイリスタの急激な容量増大[注 13]を受けて1台の制御器で4基の主電動機を制御する1C4M制御が実現しており、それぞれ東芝SVF-001-A0・-A1、日立VF-HR-129、三菱MAP-144-75V26に変更された。ただし、制御器が各メーカーでの競作となった20系とは異なり、新20系では細部は違うものの、全編成日立製制御器をベースとしたOEMのものに変更したため、メーカーの違いで励磁音が違うことはなくなった。また、こちらのインバータの制御周波数は0 - 111Hzでわずかながら制御域が拡大され、起動加速がよりスムーズとなるように改良されている。

いずれの制御器も高発熱のスイッチング素子の冷却用冷媒にフロンを使用して冷却システムのコンパクト化を実現している。

台車[編集]

集電装置付きDS-20形台車

全形式とも、10系用インダイレクトマウント・ノースイングハンガー・軸ばね式空気ばね台車であるDS-10[注 14]とほぼ同仕様のDS-20[注 15]が採用されている。いずれの台車も車輪内周部に異種金属による防音リングを圧入してきしり音の低減を図った、防音波打車輪を装着する。

試験中のFS560試作台車

なお一時期、四つ橋線23613Fにて試作インダイレクトマウント・ノースイングハンガー・モノリンク式空気ばね台車[注 16]の実用試験を行ったことがある[注 17]

集電装置[編集]

集電装置は10系と同様に離線等による回生失効を防止する目的で、隣接する2両の電動車の内一方(Ma車)の全台車ともう一方(Mb車)のMa車寄り台車の合計左右3カ所ずつに設置されている。

ただし、4両編成時には電動車が2両ともMb車であるため制御車2両が共に全台車集電装置付きとされ、6両編成時には4両と2両で電気的に分割されることからペアとなるべきMa車のない2両側のMb1車(2100形)[注 18]のために隣接する制御車(2600形)の全台車に、そして9両編成・10両編成時にはペアとなるべきMb車を持たないMa車(2400形)のために隣接する付随車(2700形)のMa車寄り台車に、それぞれ集電装置が設置されている。

なお、集電装置付台車が3台車連続するように配置されているのは、両端の集電装置付台車に取りつけられた集電装置の間の距離がデッドセクションの有効長を確実に下回るようにする=母線結合された各集電装置付台車が第三軌条のデッドセクションをまたいで電気的に異なるセクションをショートさせる事故が発生するのを防止するためである。

ブレーキ[編集]

空気ブレーキは10系のOEC-2の改良型に当たる、回生制動演算装置付全電気指令式のOEC-3を採用する。これは電動車の回生ブレーキを有効活用するために付随車の空気ブレーキを遅れ込め制御するよう改良が加えられている。

なお、回生制動機能は各系列とも運転台ブレーキノッチの結線変更と主制御器のプログラム変更などで抑速制動が使用可能となっており、長田以東の乗り入れ区間に連続急勾配区間を擁する中央線用各車ではこの機能が有効化されている。また、回生ブレーキは停止寸前(3km/h)までと広い。

冷房装置[編集]

冷房装置(新20系)

車体の項でも記したとおり、10系での実績を基に開発された新型の超薄型冷房装置である三菱電機CU-74Cおよび東芝RPU-4410[注 19]を搭載する。

開発当時の技術で極限に近い薄型化を実現していた10系用冷房装置[注 20]であったが、その後の技術の進歩、特にスクロール型コンプレッサーの実用化によってより一層の薄型化が可能となり、20系開発に合わせて厚さ300mmと従来比約74%として実用化が図られた[注 21]。もっとも、外観上は屋根高さなどほとんど変化しておらず、薄型化の恩恵は全て客室内の天井高さ引き上げに振り向けられており、10系で圧迫感を与えていた車内両端部の冷房装置の露出部がなくなって通常部分と同じルーバーが設置されている。

20系[編集]

大阪市営地下鉄20系電車
中央線用、現行帯(弁天町駅にて)
中央線用、現行帯(弁天町駅にて)
基本情報
製造所 近畿車輛
川崎重工業
日立製作所
東急車輛製造[注 22]
製造年 1984年 - 1989年
製造数 16編成96両 (中央線0番台7編成42両・谷町線30番台9編成54両)
投入先 中央線
主要諸元
編成 6両編成 (3M3T)
最高運転速度 地下鉄線内 70 km/h
近鉄線内 95 km/h
起動加速度 地下鉄線内 2.5 km/h/s
近鉄線内 3.0 km/h/s
編成定員 820名
座席定員:258名
自重 (Tc車)31.0t
(M車)35.0t
(T車)23.5t
編成重量 190.5 t
編成長 112,600 mm
車体 アルミニウム合金
編成出力 140kw×4基×3両=1,680kW
制御方式 GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御(登場当初)
IGBT素子VVVFインバータ制御
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ OEC-3(抑速ブレーキ付き)
保安装置 WS-ATC
備考 都市型ワンマン運転に対応
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1984年中央線用2601F[注 23]が、1985年末に中央線用2602F - 2605Fが、1989年には中央線用2606F - 2607F、谷町線用初の冷房車となる2631F - 2639Fが、いずれも6両編成(計96両)で製造された。

本系列の中でも第1編成(2601F)については3両の電動車の電装品を東芝(2101)・日立製作所(2201)・三菱電機(2301)の3社がそれぞれ1両ずつ分担して担当するなど試作要素が多く見られ、各社が量産に必要なデータを収集するための量産先行試作車的な性質の強いものであった。また、1985年の深江橋 - 長田間延伸開業時の祝賀列車には当時1編成しかなかった20系が抜擢され、前面に「祝 深江橋 - 長田 開通」のヘッドマークを掲げて運転した。

投入線区ごとに0番台と30番台に区分されたが、ラインカラーが異なる以外は基本的に同一設計であり、警笛の変更、行先表示器への英字表記追加やその設定器の変更[注 24]といった量産中に行われた数少ない仕様変更点[注 25]も全て、両番台車の同時期製造分に等しく適用されている。なお、電動車の電装品のメーカーは、2601F以外については編成内で1社に統一されている[注 26]

2006年3月27日近鉄けいはんな線生駒駅 - 学研奈良登美ヶ丘駅間開業時の同線における最高速度の向上に合わせて、2004年に第1編成の制御素子がGTOサイリスタ素子から日立製IGBT素子に交換され、他の編成も順次交換された[注 27]

なお、30番台車は、この近鉄けいはんな線延伸開業の際に、全編成が車両番号の変更を実施せずに谷町線から中央線に転用され、代わりに24系9編成が谷町線へ転用された[注 28]。これは、20系がちょうど主要機器の更新時期を迎えていたため、近鉄線内での95km/h運転やワンマン運転への対応改造を同時に行うことにより効率化を図ったものである[2]

2006年までに全編成の制御装置の改造工事が完了し、最高速度は70km/hから95km/h、起動加速度は2.5km/h/sから3.0km/h/sにそれぞれ変更された。また、けいはんな線延伸開業時に近鉄線内でのワンマン運転が開始され、それに対応した機器が設置されている。改造と同時に行先表示器のローマ字表記から英語表記に変更したものに交換され、側面への行先表示器の設置も実施された。車内ではバリアフリーの一環としてLED式の車内案内表示器、ドアチャイム、車いすスペースも設置された[注 29]

中央線に配属された車両のうち、2601Fと2602Fは、車体側面全体に沿線の観光地である海遊館にいる魚たちのラッピングフィルムが施されたことがあり、車体中央に大きく描かれたジンベイザメから、「ジンベイ号」や「おさかな電車」と呼ぶ鉄道ファンや子供連れもいた。この2編成はラッピングフィルムが剥がされたあとに側面行先表示器が取り付けられた。

廃車[編集]

第1編成の2601Fは2014年8月21日の朝ラッシュ時の運用を最後に営業運転を終了し、同月25日付けで廃車となった[3]。営業運転終了に際して、7月23日から「さよなら20-01編成 たくさんのご乗車ありがとうございました」と書かれた、20系のイラストの中に大阪城と海遊館も描かれたヘッドマークが掲出されていた[4][注 30]。これにあわせて、四つ橋線から中央線に23系06編成が転属し、24系50番台56編成として使用されている。

製造メーカー等は以下の通り。

編成番号 竣工年月 メーカー 備考
第1編成 1984年3月 近畿車輛
川崎重工業
2014年8月
廃車[5]
第2編成 1985年10-12月 日立製作所
第3編成
第4編成
第5編成
第6編成 1989年6月 日立製作所
第7編成
第31編成 1989年5-7月 日立製作所 元谷町線用
第32編成
第33編成
第34編成 川崎重工業
第35編成
第36編成
第37編成 東急車輛製造[注 22]
第38編成
第39編成


新20系(21 - 25系)[編集]

新20系(手前から25系、24系、23系、22系、21系)

新20系(しん20けい)は基本設計の共通する21系22系23系24系25系の各系列の慣用的な総称である。5系列合計で87編成560両が製造、さらに2005年に24系をベースとした大阪港トランスポートシステムのOTS系2編成12両も新20系に編入され、2017年現在は合計89編成572両が在籍する。最初に営業運転を開始したのは谷町線22系と四つ橋線23系で、ともに1990年6月から営業運転に入った。

非冷房車である30系50系の老朽取り替えを目的として1990年から1998年にかけて製造され、それぞれ1号線(御堂筋線)2号線(谷町線)3号線(四つ橋線)、4号線(中央線)、5号線(千日前線)に配置された。製造メーカーは日本車輌製造(21・23・24系[注 31])・川崎重工業(21・22・23系[注 32])・日立製作所(22・23・24系)・東急車輛製造[注 22](21・22・24・25系)・近畿車輛(21・22・25系[注 33])・アルナ工機[注 34](22・24・25系)の各社である。また、架空電車線方式6号線(堺筋線)向けに、同じくステンレス車体、VVVFインバータ制御の66系も製造されている。

この新20系では車両番号表記が5桁となり、万の位の「2」は20系を表し、千の位は投入線区の路線番号、百の位は車両の形式、十と一の位は車両番号を表す。

ただし、法規上の正式な形式称号は千の位の投入線区路線番号が省略された4桁表記となっており、いずれも20系の対応する形式と同一である(例、2600形)。

以下に各線区向けの概要を示す。

御堂筋線21系[編集]

大阪市営地下鉄21系電車
御堂筋線21系(未更新車)
御堂筋線21系(未更新車)
基本情報
製造所 日本車輌製造
東急車輛製造[注 22]
近畿車輛(2500形を除く)
川崎重工業(2500形のみ)
製造年 1991年 - 1998年
製造数 18編成180両
投入先 御堂筋線
主要諸元
編成 10両編成
最高運転速度 70 km/h
起動加速度 3.0 km/h/s
編成定員 1380(438)名
自重 (Tc車)32.0t
(M車)36.0t
(T車)24.5t
編成重量 317.5t
編成長 187,400 mm
車体 ステンレス
編成出力 140kw×4基×5両 = 2,800kw
制御方式 GTO素子VVVFインバータ制御
IGBT素子VVVFインバータ制御(更新車)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ
OEC-3
OEC-4M(更新車)
保安装置 WS-ATC
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御堂筋線用の車両は21系と呼び、1991年から1998年にかけて10両編成18本(180両)が日本車輌製造・東急車輛製造[注 22]・近畿車輛(2500形を除く)・川崎重工業(2500形のみ)の4社で製造された。

製造担当メーカーは以下の通り。

編成番号 竣工年月 メーカー 竣工時
の両数
更新状況
第1編成 1991年4月 日本車輌製造 9両 更新済み
第2編成 1991年4月 更新済み
第3編成 1991年5月 更新済み
第4編成 1991年6月 東急車輛製造[注 22] 更新済み
第5編成 1991年7月 更新済み
第6編成 1992年4月 日本車輌製造 更新済み
第7編成 1992年5月 更新済み[6][7]
第8編成 1992年6月 東急車輛製造[注 22] 更新済み
第9編成 1992年7月 更新済み
第10編成 1993年4月 近畿車輛 更新済み
第11編成 1993年4月 更新済み[8]
第12編成 1994年2月 日本車輛製造 更新済み
第13編成 1994年3月 更新済み
第14編成 1995年9月 日本車輌製造 10両
第15編成 1995年11月
第16編成 1996年4月 東急車輛製造[注 22]
第17編成 1996年5月
第18編成 1998年3月 日本車輌製造
  • :灰色床、白色扉、従来型LED
  • :灰色床、白色扉、小型LCD
  • :赤色床、緑色扉、小型LCD
  • :赤色床、黄緑色扉、大型LCD
  • :濃灰色床、木目調扉、大型LCD
車両番号 竣工年月 メーカー
21501,21510 1996年1月 川崎重工業
21502 - 21504, 21511 1996年2月
21505 - 21507 1996年2月 日本車輌製造
21508,21509, 21512 - 21513 1996年3月
玉川衛材「フィッティ」のラッピング車(21605F)

この21系は10両編成での運行への対応のため、ブレーキ性能の確保を図って編成中央部の2700形に空気圧縮機が追加搭載され、さらに高密度運転線区への投入のため起動加速度が他の新20系各系列の2.5km/h/sに対して3.0km/h/sとされるなど、同時期製造の他線区向け新20系各系列とは一部仕様が異なる[注 35]

上掲表のように1991年から1994年にかけて製造された第1編成から第13編成は9両編成で落成し、1995年12月9日より10両編成の運転開始に伴い、付随車である2500形21501 - 21513が川崎重工業・日本車輌製造で新造され、それぞれの編成に組み込まれた。

1994年3月製の21613Fのうち、1号車(21913)1番ドア山側のドアは内側の帯状の金具のない複層ガラスドアの試験ドアである。ドア取っ手位置は変わっていない。

残りの5本は10両編成で落成した。なお、第14・15編成に組み込まれている2500形(21514・21515)は、当初は2800形(21864・21865)という扱いになっていたが1995年12月に2両とも2500形に改められた。この2本は10両編成で落成していたが、落成してから1995年12月8日までは前述の21864・21865が外された9両編成で営業運用されていた。これ以降に製造された車両のドアは、複層ガラスドアで内側の帯状の金具がなくなり、ドア取っ手の位置も下部[注 36]に変更されている。

その後、1998年より開始された10系のリニューアル工事に伴う運用可能編成数の不足を補うため、第18編成10両が日本車輌製造で追加製造されている。また、同年12月より第12編成が連結面の転落防止幌の試験のために用いられ、その結果2000年より本格的に採用されることになり、全編成に設置されている。

1996年に製造された第16編成から、各扉の上部にLED式の車内案内表示器が設置された。その後1997年から2003年にかけて残りの15本に対して設置工事が施工されたが、第16・17編成が全ての扉の上部に設置されたのに対して千鳥(交互)配置とされ、1998年製造の第18編成でも千鳥配置となっている。

2012年より、第7編成[9][10]を皮切りに中間更新が行われている。改造内容は後述のリニューアルの欄を参照。

平日ダイヤの全列車で女性専用車となる6号車が、車体広告のラッピング車両とされている編成もある。

谷町線22系・22系50番台[編集]

大阪市営地下鉄22系電車
谷町線22系(リフレッシュ更新車)
谷町線22系(リフレッシュ更新車)
基本情報
製造所 近畿車輛
東急車輛製造[注 22]
アルナ工機[注 34]
日立製作所
川崎重工業
製造年 1990年 - 1996年
製造数 19編成114両
投入先 谷町線
主要諸元
編成 6両編成
最高運転速度 70 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
編成定員 820(258)人
自重 (Tc車)32.0t
(M車)36.0t
(T車)24.5t
編成重量 196.5t
編成長 112,600 mm
車体 ステンレス
編成出力 140kw×4基×3両 = 1,680kw
制御方式 GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御
IGBT素子VVVFインバータ制御(更新車)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ
OEC-3
OEC-4M(更新車)
保安装置 WS-ATC
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元OTS系の22663F

谷町線用の車両は22系と呼び、1990年から1996年にかけて6両編成19本(114両)が近畿車輛・東急車輛製造[注 22]・アルナ工機[注 34]日立製作所川崎重工業の5社で製造された。1990年に製造された第1編成から第7編成までの42両は四つ橋線用23系の第1編成から第7編成までの35両[注 37]とともに初期車の部類に入り、前面の車両番号表記が他の車両に比べて大きい。

製造担当メーカーは下表の通りで、全編成が6両編成として竣工している。

1997年から2004年にかけて、LED式の車内案内表示器が客用扉室内側上部に千鳥配置で全編成に設置された。この車内案内表示は、御堂筋線(21系)・四つ橋線(23系)のものと谷町線(22系)・中央線(24系)・千日前線(25系)のそれと見た目は同じだが、文字を表示するパターンやタイミングが若干異なっている。

2006年3月に延伸開業した近畿日本鉄道けいはんな線への直通運転に備えて谷町線と中央線の間での大掛かりな車両の転属が2004年から始まり、中央線24系0・10番台OTS系から編入された24系50番台車(後述)の計9編成54両が22系に編入され、50番台の区分に分けられた。改番の際に、旧OTS24系を除いて種車の番号にそって改番されているため、22651F〜22654Fは存在しない。この転属に際して谷町線では不要となる抑速ブレーキの無効化が八尾車庫にて行われている。また、24系時代には設置されなかった上記のLED式の車内案内表示器が、2008年から順次設置されている[注 38]。20系との交換終了後は24系の9編成が22系となって、合計28本の体制となっていたが、2018年に第6編成がリフレッシュ改造と同時に23系50番台(23656F)となって四つ橋線に転属したため2018年現在は6両編成27本が在籍している。

2011年より、第3編成[11]を皮切りに中間更新が行われている。改造内容は後述のリニューアルの欄を参照。

車両番号および編成番号の変遷は下表の通りである。

製造担当メーカー
編成番号 竣工年月 メーカー 更新状況
第1編成 1990年4月 近畿車輛 更新済み
第2編成 1990年5月 更新済み
(内装変更)
第3編成 1990年6月 更新済み[12]
第4編成 1990年6月 更新済み
第5編成 1990年5月 東急車輛製造[注 22] 更新済み
(内装変更)
第6編成※ 1990年6月 更新の際に転出[13]

(四つ橋線仕様の内装に変更)

第7編成 1990年6月 更新済み
第8編成 1991年6月 アルナ工機[注 34]
第9編成 1991年6月
第10編成 1992年6月 アルナ工機[注 34]
第11編成 1993年6月 アルナ工機[注 34]
第12編成 1994年2月 日立製作所
第13編成 1994年5月 日立製作所
第14編成 1994年5月
第15編成 1995年4月 川崎重工業
第16編成 1995年6月
第17編成 1995年6月
第18編成 1996年4月 川崎重工業
第19編成 1996年8月
車両番号および
編成番号の変遷
旧編成番号 新編成番号
24605F 22655F
24606F 22656F
24607F 22657F
24608F 22658F
24609F 22659F
24610F 22660F
24611F 22661F
651F 22662F[14]
652F 22663F[15]


四つ橋線23系・23系50番台[編集]

大阪市営地下鉄23系電車
四つ橋線23系(更新車)
四つ橋線23系(更新車)
基本情報
製造所 日立製作所
川崎重工業
日本車輌製造(2800形を除く)
製造年 1990年 - 1997年
製造数 22編成132両
投入先 四つ橋線
主要諸元
編成 6両編成
最高運転速度 70 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
編成定員 820(258)人
自重 (Tc車)32.0t
(M車)36.0t
(T車)24.5t
編成重量 196.5t
編成長 112,600 mm
車体 ステンレス
編成出力 140kw×4基×3両 = 1,680kw
制御方式 GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御
IGBT素子VVVFインバータ制御(更新車)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ
OEC-3
OEC-4M(更新車)
保安装置 WS-ATC
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23系未更新車

四つ橋線用の車両は23系と呼び、1990年から1996年にかけて5両編成18本(90両)と6両編成4本(24両)の計114両が日立製作所・川崎重工業・日本車輌製造の3社で製造された。また、四つ橋線の列車の6両編成化に伴い、1996年から1997年にかけて簡易運転台付きの付随車である2800形23801 - 23818が川崎重工業にて製造されて、5両編成で製造された第1編成から第18編成に組み込まれた。なお、組み込む際2300形の簡易運転台が撤去されている。1996年に23619F - 23622Fの導入に伴い、新30系ステンレス車冷房化改造車を谷町線に転出させた[注 39]

22系の項でも記した通り、第1編成から第7編成は初期車(中間車の2800形は1996年度下半期製)の部類に入り、前面の車両番号表記が大きい。また、23656Fの種車となる22606Fも1次車だったのでこの部類に入る。

23系は1997年3月31日の6両編成化完了以降、2014年春までは6両編成22本(132両)が在籍していたが、2013年3月のダイヤ改正で朝ラッシュ時の列車減便によって余剰となっていた第6編成が更新工事も兼ねて中央線へ転出し、24系第56編成となった。しかし、22系の節で記述したとおり、2018年に22系第6編成がリフレッシュ改造の際に23系第56編成[注 40]となって四つ橋線に転属となったため、2018年現在は6両編成22本(132両)に戻っている。

製造担当メーカーは以下の通りである。なお、※印をつけた編成は後に24系に編入された。

編成番号 竣工年月 メーカー 竣工時
の両数
備考
第1編成 1990年4月 日立製作所 5両 更新済み[16]
第2編成 1990年5月 更新済み
第3編成 1990年5月 更新済み[17]
(内装変更)
第4編成 1990年6月 更新済み
第5編成 1990年6月 川崎重工業
第6編成 ※ 1990年6月 更新の際に転出[18]
第7編成 1990年6月 更新済み
(内装変更)
第8編成 1991年6月 日立製作所 5両 更新済み
(内装変更)
第9編成 1991年6月 更新済み
(内装変更)
第10編成 1992年6月 日立製作所 5両
第11編成 1993年5月 日立製作所 5両
第12編成 1993年5月
第13編成 1993年6月
第14編成 1994年4月 日本車輌製造 5両
第15編成 1995年4月 日本車輌製造 5両
第16編成 1995年4月
第17編成 1995年4月
第18編成 1995年4月
第19編成 1996年8月 日立製作所 6両
第20編成 1996年9月
第21編成 1996年10月
第22編成 1996年10月
車両番号 竣工年月 メーカー
23801,23802,23808 1996年11月 川崎重工業
23803 - 23806 1996年12月
23807, 23810 1997年1月
23809, 23811 - 23813 1997年2月
23814 - 23818 1997年3月
車両番号および
編成番号の変遷
旧編成番号 新編成番号
22606F 23656F

この23系では住之江競艇開催時の住之江公園駅での混雑時の乗降分離のために1号車(2900形)と2号車(2200形)の片側4か所の客用扉のうち2か所のみを開閉(ドアカット)する機能があるが、ドアカットは中止している。23656Fは、ドアカット実施時代は四つ橋線に在籍していなかったため、最初から装備されていない。

なお、営業区間は全区間とも地下線のため、本系列については日よけのカーテンは設置されていない。また谷町線より転入した23656Fも改造と同時にカーテンを撤去している(22系は日よけカーテンを設置している)。

製造時に車椅子スペースが設置されていなかった23601F - 23609F[注 41]においては、2000年8月[注 42]から2004年にかけて設置改造が行われた。最初に改造された編成は23608F 、最後は23606Fであった。また、2000年から2002年にかけて、全編成を対象に転落防止幌設置改造が行われた。

2006年には第11編成の客用扉室内側上部に千鳥配置でLED式の車内案内表示器が設置され、2014年の第2編成の更新工事完了をもって全編成に車内案内表示器が設置された。

2012年に第1編成がリフレッシュ更新工事を受け[19]、営業運転を開始した。各車両ごとに号車を表すステッカーを車体側面に貼付した他、車内では千鳥配置でLED式の車内案内表示器とは対面の扉上に現在地を示す電光ランプの取り付け(第4編成まで)やロングシート中間部にスタンションポールの設置、運転台ではモニターの設置と速度計などの更新(アナログ化)などが行われている。なお、車体の高圧洗浄は実施されていない。2013年には全編成でドアガラスに貼られていた車椅子マークは、リニューアル更新工事の有無に関係なく、全て剥がされた。谷町線在籍時代には1998年の設置改造以来、ドアガラスの車椅子マークが貼られていたままであった23656Fでは、2018年の転入・リニューアル工事時に剥がされている。

2018年6月現在、第1・4・2・3・7編成(施工順)、また谷町線より転入した第56編成でリフレッシュ工事が完了しており第3編成、第7編成、第56編成は車内デザインが変更されている。

OsakaMetroの第三軌条の車両の定期検査が四つ橋線の緑木検車場で行われているため、第三軌条の他線の車両が四つ橋線に入線することはあるが、23系が四つ橋線以外の路線を走ることはほとんどない。四つ橋線以外の路線を走行とした一例としては、2012年11月に第1編成が「おおさか市営交通フェスティバル2012」の一環として運行された臨時列車にて御堂筋線大国町―新金岡間を走行した実績がある。また第56編成の22系からの転属改造は中央線の森之宮検車場で実施されたため、試運転等では中央線を走行している[20]

前述の通り、2014年に第6編成は中央線に転属して大阪車輌工業で24系50番台に編入・改造された[21]。なお、2014年に四つ橋線と中央線との連絡線が本町駅構内に完成し、翌2015年より使用開始したためこの転属が大阪市営地下鉄においてトレーラー輸送を伴う最後の転属となった。

中央線24系・24系50番台[編集]

大阪市営地下鉄24系電車
中央線用24系電車(未更新車)
中央線用24系電車(未更新車)
基本情報
製造所 日本車輌製造
日立製作所
アルナ工機[注 34]
東急車輛製造[注 22]
製造年 1991年 - 1995年
製造数 11編成66両
投入先 中央線
主要諸元
編成 6両編成
最高運転速度 地下鉄線内 70 km/h
近鉄線内 95 km/h
起動加速度 地下鉄線内 2.5 km/h/s
近鉄線内 3.0 km/h/s
編成定員 820(258)人
自重 (Tc車)32.0t
(M車)36.0t
(T車)24.5t
編成重量 196.5t
編成長 112,600 mm
車体 ステンレス
編成出力 140kw×4基×3両 = 1,680kw
制御方式 GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御(製造当初)
IGBT素子VVVFインバータ制御(更新後)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ(抑速ブレーキ付き)
OEC-3
OEC-4M(更新車)
保安装置 WS-ATC
備考 改造後のデータ
都市型ワンマン運転に対応
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中央線用の車両は24系と呼び、1991年から1995年にかけて6両編成11本(66両)が日本車輌製造・日立製作所・アルナ工機[注 34]・東急車輛製造[注 22]で製造された。

製造担当メーカーは以下の通りで、全編成が6両編成として竣工している。なお、※印をつけた編成は後に22系に編入された。

製造担当メーカー
編成番号 竣工年月 メーカー 備考
第1編成 1991年6月 日本車輌製造 更新済み
第2編成 1992年6月 日立製作所 更新済み
(内装変更)
第3編成 1992年6月 更新済み[22]
第4編成 1993年7月 日本車輌製造 更新済み
(内装変更)
第5編成 ※ 1993年7月
第6編成 ※ 1994年3月 アルナ工機[注 34]
第7編成 ※ 1994年5月 アルナ工機[注 34]
第8編成 ※ 1994年5月 東急車輛製造[注 22]
第9編成 ※ 1995年4月 東急車輛製造[注 22]
第10編成 ※ 1995年5月
第11編成 ※ 1995年5月
車両番号および
編成番号の変遷
旧編成番号 新編成番号
23606F 24656F
四つ橋線23系から転用改造された24656F

また、24系50番台は大阪港トランスポートシステム第一種鉄道事業が大阪市交通局に編入された2005年7月1日から谷町線に転属となった2006年3月3日までの期間と、2014年に四つ橋線から転属した23系を改番した車両とに存在する番台区分で、前者は旧OTS系である。24系50番台に編入される際に客室内の左右両側の客用扉上部にあったLED式車内案内表示器が千鳥配置に変更されたり、前面のOTSのシンボルマークが新20系の「VVVF 20 SERIES CAR」マークに変更されたりなどの軽微な変更がなされた。しかし、座席モケットの色はOTS時代のオーシャンブルーのまま存置されていた。OTS系時代の詳細は後述する。

24系生え抜き車は1991年からの製造であるが、2014年には、四つ橋線から1990年製(中間車1両を除く)の23系06編成が転属して24系に編入されることになり、大阪車輌工業で第03編成に準じたリフレッシュ工事及びけいはんな線乗り入れ対応改造が行われた。転属に際して、ラインカラーの青帯から緑帯への変更、巻き上げカーテンの新設、2~5号車の4番ドア付近にあった優先席の1番ドア付近への移設が行われた。改造後も22・23系初期車の特徴である正面の大きな車両番号が存置されており、変更された十の位の5、千の位の4の文字も含めて大きな文字となっている。4号車の24856は、四つ橋線在籍時に追加で製造された車両のため、ドアの形状[注 43]等が異なっている。近鉄乗り入れに対応して近鉄区間内ワンマン運転機能・抑速制動装置が追加された代わりに、住之江公園駅でのドアカットの機能は撤去された。

前述の通り、24系第5編成から第11編成と24系50番台2編成は谷町線に転属した。2014年現在、中央線に在籍するのは引き続き残留した第01編成から第04編成と2014年に四つ橋線から転入した第56編成[23]の5本(30両)である。この5本についても20系と同様、室内の客用扉上部に千鳥配置でLED式車内案内表示器の設置(リフレッシュ工事後はLCD式に交換)、行先表示幕の交換[注 44]、冷房機横に車外スピーカー設置、近鉄線内での最高95km/h運転・ワンマン運転への対応、起動加速度の向上、機器の高速運転対応化、ワイパーの形状・位置の変更などの改造が行われている。これらはリニューアル工事前に行われたものである。

2014年に第3編成を皮切りに開始されたリニューアル工事[24]は、2016年の第4編成の更新工事をもって24系のすべての車両が完了した[注 45]。第2・4編成は車内デザインが変更されている。なお、24系は全編成が2014年度以降にリニューアル改造が施工されているため、同年度のリニューアル工事施工車から設置されたLCD式車内案内表示器が全編成に設置されており、路線案内表示器、LED式車内案内表示器を持つ車両はない。

千日前線25系[編集]

大阪市営地下鉄25系電車
千日前線25系電車(更新車)
千日前線25系電車(更新車)
基本情報
製造所 近畿車輛
東急車輛製造[注 22]
アルナ工機[注 34]
製造年 1991年 - 1995年
製造数 17編成68両
投入先 千日前線
主要諸元
編成 4両編成
最高運転速度 70 km/h
起動加速度 ツーマン車:2.5 km/h/s
改造車:3.0 km/h/s
編成定員 540(168)人
自重 (Tc車)32.0t
(M車)36.0t
編成重量 136t
編成長 75,200 mm
車体 ステンレス
編成出力 140kw×4基×2両 = 1,120kw
制御方式 GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御(製造当初)
IGBT素子VVVFインバータ制御(更新後)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ
OEC-3
OEC-4M(更新車)
保安装置 WS-ATC・CS-ATC ATO
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千日前線用の車両は25系と呼び、1991年から1995年にかけて4両編成17本(68両)が近畿車輛・東急車輛製造[注 22]・アルナ工機[注 34]で製造された。

製造担当メーカーは以下の通りで、全編成が4両編成として竣工している。

編成番号 竣工年月 メーカー 備考
第1編成 1991年4月 近畿車輛 更新済み[25]
第2編成 1991年5月 更新済み
第3編成 1992年5月 近畿車輛 更新済み
第4編成 1992年6月 更新済み
第5編成 1993年6月 東急車輛製造[注 22] 更新済み
第6編成 1993年7月 更新済み
第7編成 1994年4月 東急車輛製造[注 22] 更新済み[26]
第8編成 1994年4月 更新済み[27]
第9編成 1994年6月 更新済み[28]
第10編成 1994年6月 更新済み
第11編成 1994年6月 更新済み
第12編成 1995年4月 アルナ工機[注 34] 更新済み
第13編成 1995年4月 更新済み
第14編成 1995年4月 更新済み
第15編成 1995年6月 更新済み
第16編成 1995年6月 更新済み
第17編成 1995年6月 更新済み

千日前線で開業以来運用されてきた50系と1979年から運用された100形(2代目)は、ともに他線区からの転用車であり、これまで新車が直接投入されたことはなかった[注 46]。それゆえ初の直接新製投入で、かつ乗客から待望の冷房車となった本系列は歓迎された[注 47]

なお、全区間地下線のため、同様の使用条件にある23系と同様、日よけのカーテンは設置されていない。

千日前線ではATCにCS-ATCが採用されているため、本系列には工場への出入庫に必要となる従来型のWS-ATCに加え、CS-ATC対応機器が別途搭載されている。

また、2008年に第10編成の客用扉室内側上部に千鳥配置でLED式の車内案内表示器が設置され、2014年の第2編成の更新工事完了をもって全編成に設置された。

さらに、同年の第8編成の更新工事をもって25系はすべての車両が更新を完了した[29]。なお、第8編成は2014年度に施工されたが改造内容は2013年度までのと同一メニューとなっている。このため、25系にはLCD式車内案内表示器および開扉時の盲動鈴鳴動機能が設置されている車両はない。

リニューアル[編集]

新20系についても初期車の竣工から既に約25年が経過したため、更新工事が実施されることになった。第一陣として千日前線用25系25607Fの更新工事が完了[30]し、2011年1月14日に営業運転を開始した[31]

更新工事の主な内容は次の通りである。

外装[編集]

  • 車体外板の洗浄
  • 車体屋根部分の洗浄、塗装(検車場外で施工の場合のみ)
  • 側面前後に号車番号表示の追加
  • 前照灯のLED化[32](2018年度施工車から)
  • 側面行先表示幕の更新(字体をゴシック体に、英文字は頭のみ大文字・2文字目以降は小文字化したものにそれぞれ変更、2018年度施工車からは、併せて行先に駅ナンバリング記号も付与)
  • ワイパーの形状、位置の変更(21系・25系のみ)
  • 冷房機横に車外スピーカーを設置(22系第3・4・7編成、23系第1・2・4編成は除く)
なお、下3つの改造内容は、24系ではけいはんな線乗り入れ対応工事の際に既に実施されている内容である。

内装[編集]

24603FのLED照明とLCD案内表示器
21611FのLCD案内表示器
  • 座席のモケットの変更、バケットシートに改良
  • 床クロスの変更(茶色 → グレー)
  • 座席中央部へのスタンションポールの設置
  • 吊り革の増設、改良
  • 乗降扉床面に黄色ラインを追加
  • 車内照明器具を蛍光灯からLEDに変更の上、蛍光灯カバー撤去[33](2014年度施工車から)
  • 運客仕切戸をガラスの大きいものに交換(2013年度施工車から)
  • 扉開閉予告灯の設置
  • 路線案内表示器、LED式車内案内表示器の設置(2013年度施工車まで)
  • LCD式車内案内表示器の設置[34](21系(第5編成以降の改造施工車)、22系(第1編成以降の改造施工車)、23系(第3編成以降の改造施工車)、24系(全編成)の2014年度施工車から)
    • 21系は第11編成以降の2017年度施工車より、阪急1000系などと同サイズの横長32インチLCDが採用されている[35][36]
  • 開扉時の盲動鈴鳴動機能追加[37](2014年度施工車から)(音色は、30000系や、新幹線700系電車後期車、新幹線N700系電車と同じ)
  • 扉横の手すりを下方向へ拡大(21系は第4編成以降の改造車、22系は第1編成以降の改造車、23系は第3編成以降の改造車、24系は第2・4編成に施工)
  • 荷棚の更新(21系の2015年度施工車(第8編成以降の改造施工車)から)
  • 女性専用車両の荷棚と吊り手の高さを変更[38](21系の2016年度施工車(第6編成以降の改造施工車)から)

内装デザインの変更[編集]

新デザインが採用された御堂筋線21604Fの車内

これまでもリニューアル施工の際は車内において、座席のバケット化や手すり・吊革の増設などを行ってきたが、細かい点が多く利用者から「大きく変わり映えしない」との声が多かったため、新しい発想として利用者に楽しく喜んでいただけるものをコンセプトとして、2015年度からリニューアルの際に内装のデザインを御堂筋線、谷町線、四つ橋線、中央線の車両を対象に一新することとなった[39]。このデザイン変更は上記4路線の新20系の他にも堺筋線の66系、長堀鶴見緑地線の70系でも行われている。

御堂筋線21系[注 48]は御堂筋線の号線カラーでもある赤色で大阪市営地下鉄の大動脈を表し、御堂筋の伸び行く新緑のイチョウ並木を表現[40]。 2018年10月にリニューアルされた第12編成は、ドアの部分に木目を採り入れるなど、変更後の内装デザインが同編成より前に施工された編成とは異なった新しいデザインとなっている[41]

谷町線22系[注 49]は歴史的な史跡や神社、寺院が立ち並ぶ歴史がある路線で、沿線で開催される天神祭の壮大な花火と谷町筋のゆかりのある梅の華で華やかさと伝統を融合した車両空間を表現[42]

四つ橋線23系[注 50]は上繋橋、下繋橋、炭屋橋、吉野家橋の四つの橋をモチーフにした「四ツ橋柄」と、路線カラーと水をイメージした「ブルー」を取り入れたデザイン[43]

中央線24系[注 51]は朝日の昇る生駒山から太陽の沈む大阪港へ号線カラーであるグリーンベルトでつなぎ、そのまわりをかわいい魚が泳ぎまわるデザインで明るくかわいい車内を表現[44]

千日前線25系については2014年度までに全編成でリニューアル工事が完了していたため、内装デザインの変更の対象となった編成はない。

その他[編集]

  • 自動運転装置、可動式ホーム柵関連機器の設置(21・23系ホームドア対応車[注 52]、25系のみ)
  • ワンマン運転、マスコンなどの運転台上にある運転操作部の改良(21・23系ホームドア対応車[注 53]、25系のみ)
  • ブレーキ装置を改良品への更新
  • 各種計器類(速度計や圧力計など)のアナログ化
  • 制御装置などの交換・補助電源(MG)のメーカー整備
  • ATO出発ボタンの追加(25系のみ)

大阪港トランスポートシステムOTS系[編集]

大阪港トランスポートシステム
OTS系電車
OTS系電車
OTS系電車
基本情報
運用者 大阪港トランスポートシステム
製造所 日立製作所
製造年 1997年
製造数 12両
消滅 2005年7月1日
(大阪市営24系に系列変更の後に22系に編入)
主要諸元
編成 6両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流750V第三軌条方式
最高運転速度 70 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度(常用) 3.5 km/h/s
減速度(非常) 4.5 km/h/s
編成定員 820(258)人
車両定員 (先頭車)130(39)人
(中間車)140(45)人
自重 (Tc車)32.0t
(M車)36.0t
(T車)24.5t
編成重量 196.5t
編成長 112,600 mm
全幅 (先頭車)2,890 mm
(中間車)2,880 mm
全高 3,745 mm
車体 ステンレス
台車 インダイレクトマウント・ノースイングハンガー・軸バネ式台車
FS-386A・FS-086A
主電動機出力 140 kW
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 103:14
編成出力 140kW×4基×3両=1,680kW
制御方式 三菱電機製GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ OEC-3(抑速ブレーキ付き)
保安装置 WS-ATC
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OTS系は、かつて大阪港トランスポートシステムが保有していた通勤形電車で、前述したように中央線用の24系に系列・形式称号変更された後、谷町線への転属に伴い22系に変更された。

ここではOTS時代について記述する。

この車両は1997年12月18日のOTSテクノポート線開業に際し、日立製作所で6両編成2本(12両)が落成した。車体や主要機器は乗り入れ先の中央線24系と同一仕様であるが、客室案内表示は全扉[注 54]に設置された。

編成
番号
竣工年月 メーカー名
651F 1997年7月 日立製作所
652F 1997年8月

また、落成時の編成は以下のとおりである[注 55]

OTS系 6両編成
OTS650 OTS150 OTS850 OTS350 OTS250 OTS950
Tec1 Mb1' T' Mb2 Ma2 Tec2

塗装はOTS線の海浜をトータルイメージとしており、前面扉がモーニングブルー、それ以外がオリンピアブルーとされ、ラインカラー帯もこの2色の塗り分けの上下を白い細帯が挟む独自のものであった。また、車内のカラースキームも独自色の強いものであり、やはり海浜をイメージした青系統でまとめられている。

OTSテクノポート線開業時には同車両に漫画少年アシベ」のキャラクターである「ゴマちゃん」のシールが貼付されていた。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ そのため、スイッチング素子は他社が寸法よりも素子としての安定度や成熟度を買って、10系の電機子チョッパ制御器でも採用されていた逆導通サイリスタ素子を選択したのに対し、当時実用化に向けた開発が進みつつあったGTOサイリスタが何よりそのコンパクトさを買われて当初より採用されていた。
  2. ^ 106・107の2両。このうち106がVVVF制御車に改造され、107は異常発生時の牽引役として抵抗制御車のままとされた。
  3. ^ 1981年7月より1982年3月にかけて実施。
  4. ^ この100系試験車で採用されたGTOサイリスタ使用のVVVFインバータは世界で初めてのものとなった(鉄道ファン 1988年11月号 特集「最新ハイテク電車のトレンド」記事)。
  5. ^ 営業運転開始は同年12月24日(運転開始日の出典:吉谷和典『【復刻版】私鉄の車両16 大阪市交通局』ネコ・パブリッシング、2002年、P8 ISBN 4-873-66299-0)で、9か月間に渡って入念な試験を繰り返し行って実用に必要なデータの収集が行われている。もっとも、これにより営業運転において後発の東急6000系改造車近鉄1250系(その後の1251系→現・1420系)に先を越される結果となった。
  6. ^ 低出力かつ低速な路面電車であり、小出力であったことから逆導通(RCT)サイリスタが主回路のスイッチング素子として採用され、しかも軌道回路による保安システムが存在しなかったことから、誘導障害やノイズ漏洩による周囲への影響などの確認すべき項目が少なかったために実用化で先行した。
  7. ^ これらの改良は以後に製造された10系増備車の車体にも反映されている。
  8. ^ この車体構造は1985年に国鉄が205系の開発を開始する際に、当時独自に有限要素法を用いた軽量構造ステンレス車体設計技術を開発・独占していた東急車輛製造(鉄道車両事業は2012年4月に総合車両製作所(旧社名・新東急車輛)に継承)に対してその技術を他社に対して公開することを量産設計への採用の条件として強く要求し、同社が渋々ながらこれに応じたことで急速に普及した。公営企業の場合は原則的には資材調達を入札による必要があり、そのため大阪市交通局でも入札各社で同様に製造可能な設計でなければならず、その意味では製造コストが低廉でアルミ製車体に匹敵する軽量性も維持されるメリットのあるこの工法の公開は、高価なVVVF制御器を搭載し予算面の事情で定数充足が困難であった20系増備車の大量増備にあたって大きな追い風となった。
  9. ^ ただし、各車ともアルミ製の20系より約1tずつ重くなっている。また、必要に応じてスポット溶接と連続溶接を選択可能なアルミ合金製車体と比較した場合、ひずみの問題などからスポット溶接が必須であった(現在はレーザー溶接の実用化で連続溶接も可能となっている)ステンレス車体では、どうしても車体そのものの剛性で見劣りすることになった。
  10. ^ 灯具の配置そのものは10系や20系と変わりなく、グローブ取付の分、車内の照度は低下している。
  11. ^ ただし、制御器と主電動機が同じメーカーであるとは限らず、編成単位で別メーカー製同士が組み合わされるケースが新20系を含め少なからず存在している。このことが示す通り、各社製制御器と主電動機の仕様は完全に共通化されている。
  12. ^ 前述の通り開発当時最新の2500V 2000A耐圧の素子が採用された。
  13. ^ この段階では既に2500V 3300A耐圧の素子が量産されており、これが採用された。当時既に4500V耐圧の素子も実用段階にあったが、架線電圧750Vの大阪市交の第三軌条集電を行う各線では過剰装備であり、採用されていない。
  14. ^ メーカー形式FS386・386AあるいはFS086・086A。型番からも明らかなように住友金属工業製である。
  15. ^ メーカー形式FS386AあるいはFS086A。
  16. ^ メーカー形式FS560。住友金属工業製。
  17. ^ この試験の結果はDS-300(住友金属工業FS578)として30000系新造時に反映されている。
  18. ^ この車両の集電装置は2600形に隣接する台車に装着される。
  19. ^ 冷凍能力はいずれも1基あたり20,000kcal/h(23.2kW)。
  20. ^ 三菱電機CU-74・74A、および東芝RPU-6001・6001A。
  21. ^ その後、長堀鶴見緑地線用70系のために開発された三菱電機CU-741および東芝RPU-3061が厚さ240mmを実現しているが、これは冷凍能力12,500kcal/hと車体サイズに合わせて能力も縮小されており、20系のような18m級車での使用には適さない。
  22. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 鉄道車両事業は2012年4月に総合車両製作所(旧社名・新東急車輛)に継承。
  23. ^ FはFormationの略記号で、「編成」を示す。
  24. ^ 表示幕の設定器は第1 - 第5編成はダイヤル式、第6・第7編成と30番台車は押しボタン式である。
  25. ^ この仕様変更は1989年製造分で実施した。第6・第7編成と30番台全車が該当。
  26. ^ このうち制御装置については第2・第3編成と第37 - 第39編成が日立製作所、第4編成と第34 - 第36編成が三菱電機、第5 - 第7編成と第31 - 第33編成が東芝で統一された。
  27. ^ ただし、IGBT素子のものに交換された制御装置は1両に2台ある装置中、片側1台のみであり、残り1台は交換されずに使用停止のうえGTO素子時代のもののままで残されている。
  28. ^ 20系だけでは所要数を充足できなかったため、不足分を補うべく24系も第1編成から第4編成までについて、主制御器などの設定を変更し、加速度と最高速度を引き上げて、改造後の20系と同等の走行性能としたうえで継続使用となった。また、0番台と30番台で仕様の差がなくなることから、車両番号の変更はないが実質的には0番台車に編入ということになる。
  29. ^ ただし第1編成・第34編成・第35編成の3編成については、未更新時代に既に側面行先表示器・車内案内表示器・ドアチャイム・車いすスペースの設置が完了していた。
  30. ^ 最終運用はコスモスクエア駅9時30分発、森ノ宮行きで、最終運用列車については事前に大阪市交通局の公式Facebookで告知されていた。なお、ヘッドマークは2601号車が青色、2901号車は緑色で、描かれた車番は掲出した車両に合わせられたほか、行先表示幕については2601号車が「大阪港」、2901号車が「森ノ宮」で、「さよなら20-01編成」のメッセージと車両イラストの位置関係も2601号車と2901号車でそれぞれ異なるものであった。
  31. ^ 23系は2800形を除く。
  32. ^ 21系は2500形のみ。
  33. ^ 21系は2500形を除く。
  34. ^ a b c d e f g h i j k l m 鉄道車両事業はアルナ車両に継承された。
  35. ^ 制御器そのものは他線区用と共通品であり、ハードウェア面での質的な変更はほとんど存在しない。
  36. ^ 22系と23系、ニュートラム100A系、OTS系の1996年以降の新製車もこのドアである。
  37. ^ 後に追加された2800形を除く。
  38. ^ 元OTS系の22662Fと22663Fは新製当初から取付済み。ただし新製当初は全ての扉上部に設置されていた車内案内表示器は、転属時に千鳥配置に変更されている。
  39. ^ 1995年末 - 1996年度末、御堂筋線・四つ橋線・谷町線の輸送力増強計画では当初、21系は53両、22系は30両、23系は24両を新造。既存車では、御堂筋線の10系は9両編成3本(27両)を1両ずつにばらして4両は余剰廃車、その他の23両については既存の9両編成に1両ずつ組み込んでの10両編成化。四つ橋線の新30系ステンレス車は非冷房車のまま保留車となっていた3両をリニューアルのうえ、既存の5両編成に1両ずつ組み込んでの6両編成化が計画されていた。しかし実際は、御堂筋線は計画通りだったものの、四つ橋線・谷町線関連では四つ橋線用の新30系ステンレス車を、保留車も含めて全て谷町線に転出。谷町線用22系22620F - 22622Fの新造計画は、四つ橋線用23系23620F - 23622Fに変更された。
  40. ^ 転属に際しては、帯色が紫帯から青帯に変更され、号車ドア番号が逆になり、2~5号車の優先席も旧4番ドア(転用後では新1番ドア)付近から新4番ドア付近に変更された。また東急車輛製である。23856は23系の2800形で唯一側扉が内側に帯状の金具の付いた単板ガラスのドアである。
  41. ^ 1996年度下半期製造の2800形のみ製造時から設置済み。
  42. ^ この時点で他の新20系や新60系の1・2次車の改造は完了していた。
  43. ^ 内側に帯状の金具のない、複層ガラスドア。24系で複層ガラスドアの車両は過去にOTS系より編入された651・652F(現22662・22663F)のみであり、24系生え抜きの車両で複層ガラスドアの車両は谷町線に転属した車両を含めても1両もない。
  44. ^ 英文字が大小混じりのものになったほか、学研奈良登美ヶ丘行き、谷町四丁目行き、阿波座行きのコマが追加され、深江橋行きのコマは廃止された。
  45. ^ ドアガラスに貼られていた車椅子マークは、リニューアル工事と同時、又はそれ以前に剥がされたのに対して、2014年にリニューアルされた24603Fについては、2018年1月現在でも剥がされていない。 (前述の2017年3月にリニューアルされた、21系21609Fも同様。)
  46. ^ 本系列の投入直前まで千日前線には3世代前の50系が運用されており、2世代前の主力車である30系の投入開始は、御堂筋線への新21系投入で余剰となった編成が中間車5両を抜き取られたうえで転用された1991年が最初で、本系列の第1陣の投入より後であった。
  47. ^ 本系列の新製投入による50系・30系の全面置き換えは、単に老朽車の淘汰を意味するだけではなく、同時に千日前線の冷房化率および空気ばね台車装備率100パーセント達成をも意味するものでもあって、乗客にとっての恩恵は絶大であった。
  48. ^ 第4・6・9・11・10編成に施工。なお第11編成以降に施工された車両は第9編成以前と比較してドアの緑の色が薄くなっている。
  49. ^ 第2・5編成に施工。
  50. ^ 第3・7・8・9・56編成に施工。
  51. ^ 第2・4編成に施工。
  52. ^ 21系は第2、7編成と第10編成以降に施工。この間に改造された編成には施工されていない。23系は第8編成以降に施工
  53. ^ ワンマン対応工事は25系以外には施工せず
  54. ^ 先述の通り、谷町線転属の際に千鳥配置に変更されている。
  55. ^ 百の位は新20系と同車種を示し、表記上はOTSを省略してあった。なお、下二桁の車番が各車種で51・52と付番されたのは大阪市交通局在籍車との編成番号の干渉を防ぐためであり、これは大阪市交通局籍編入後も継承されている。

出典[編集]

  1. ^ 大阪市交通局編 (1993). 大阪市高速電気軌道第7号線京橋〜鶴見緑地間リニアモータ地下鉄建設記録. 大阪市交通局.  70系電車で利用されたVVVFインバータについての記述に加え、20系電車のVVVFインバータに関する情報も記載されている。
  2. ^ 伊原 薫『大阪メトロ誕生』かや鉄BOOK
  3. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 2015』、交通新聞社、2015年、200頁
  4. ^ 大阪市営地下鉄中央線20系2601編成に「さようなら」ヘッドマーク
  5. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 2015』、交通新聞社、2015年、200頁
  6. ^ 御堂筋線用新20系のリフレッシュ第一号が出場
  7. ^ 大阪市交21系リニューアル車が出場
  8. ^ 大阪市交21系21611編成がリフレッシュ改造を終える
  9. ^ 御堂筋線用新20系のリフレッシュ第一号が出場
  10. ^ 大阪市交21系リニューアル車が出場
  11. ^ 大阪市交通局谷町線用22系に更新改造車
  12. ^ 大阪市交通局谷町線用22系に更新改造車
  13. ^ 四つ橋線用の23系23656編成が中央線で試運転
  14. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表'06年版』、ジェー・アール・アール、2006年、181頁
  15. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表'06年版』、ジェー・アール・アール、2006年、181頁
  16. ^ 四つ橋線用23系第1編成が試運転
  17. ^ 大阪市交通局23系第3編成が陸送される
  18. ^ 大阪市交24系24656編成が試運転
  19. ^ 四つ橋線用23系第1編成が試運転
  20. ^ 四つ橋線用の23系23656編成が中央線で試運転
  21. ^ 大阪市営交通110周年記念イベント「保存車両特別公開 in 森之宮検車場」を開催します。 - 大阪市交通局・2014年7月25日。24系56編成の転属が説明されている。
  22. ^ 大阪市交中央線24系にリフレッシュ車が登場
  23. ^ 大阪市交24系24656編成が試運転
  24. ^ 大阪市交中央線24系にリフレッシュ車が登場
  25. ^ 大阪市交25系第1編成が陸送される
  26. ^ 千日前線で新20系リニューアル車が営業運転を開始
  27. ^ 千日前線用25系第8編成が中央線で試運転
  28. ^ 大阪市交25系第9編成が中央線で試運転
  29. ^ 千日前線用25系第8編成が中央線で試運転
  30. ^ 千日前線 新20系車両リフレッシュのご紹介 - 大阪市交通局 2011年1月11日
  31. ^ 千日前線で新20系リニューアル車が営業運転を開始 - 交友社「鉄道ファン」railf.jp 2011年1月24日
  32. ^ 大阪メトロ御堂筋線用21系21602編成の前照灯がLEDにrailf.jp
  33. ^ 大阪市交中央線24系にリフレッシュ車が登場railf.jp
  34. ^ 大阪市交中央線24系にリフレッシュ車が登場railf.jp
  35. ^ 大阪市交21系21611編成がリフレッシュ改造を終えるrailf.jp
  36. ^ 御堂筋線21系車両リフレッシュのご案内”. Osaka Metro (2017年10月18日). 2019年1月3日閲覧。
  37. ^ 大阪市交中央線24系にリフレッシュ車が登場railf.jp
  38. ^ 御堂筋線21系女性専用車両 荷棚&吊り手高さ変更のご案内”. 大阪市交通局 (2016年9月26日). 2017年7月13日閲覧。
  39. ^ 地下鉄の車内デザインを「お客さまに楽しんでもらえる車内」に一新します! ~「明るさ・親しみ・楽しみのある車内」でおもてなし~”. 大阪市交通局 (2015年6月25日). 2016年1月29日閲覧。
  40. ^ 御堂筋線 21系車両 車内デザイン変更のご紹介”. 大阪市交通局 (2016年3月16日). 2017年7月13日閲覧。
  41. ^ 御堂筋線21系車両車内デザイン変更のご紹介 ~新たなるステージへ~”. Osaka Metro (2016年3月16日). 2019年1月3日閲覧。
  42. ^ 谷町線 22系車両 車内デザイン変更のご紹介”. 大阪市交通局 (2016年5月10日). 2017年7月13日閲覧。
  43. ^ 四つ橋線23系車両車内デザイン変更のご紹介”. Osaka Metro (2017年7月13日). 2019年1月3日閲覧。
  44. ^ 中央線 24系車両リフレッシュのご案内”. 大阪市交通局 (2015年12月28日). 2017年7月13日閲覧。

参考文献・出典[編集]

  • 「VVVFインバータ制御 20系電車」1985年 大阪市交通局作成
  • 鉄道ピクトリアル 1993年12月臨時増刊号、2004年3月臨時増刊号 特集「大阪市交通局」 電気車研究会
  • 伊原 薫『大阪メトロ誕生』かや鉄BOOK