大阪市立天下茶屋小学校

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大阪市立天下茶屋小学校
Osaka City Tengachaya elementary school.JPG
過去の名称 東成郡天王寺第四尋常小学校
大阪市天下茶屋尋常小学校
大阪市天下茶屋国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪市
設立年月日 1921年1月8日
創立者 東成郡天王寺村
共学・別学 男女共学
所在地 557-0012
外部リンク 公式ウェブサイト
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大阪市立天下茶屋小学校(おおさかしりつ てんがちゃやしょうがっこう)は大阪府大阪市西成区にある公立小学校。西成区の東部を校区とし、校区の東側は阿倍野区に接している。

沿革[編集]

1921年に当時の東成郡天王寺村で4番目の小学校・東成郡天王寺第四尋常小学校として、現在地(当時・東成郡天王寺村大字天王寺字生田)に開校した。東成郡天王寺尋常小学校(現在の大阪市立晴明丘小学校)および東成郡天王寺第三尋常小学校(現在の大阪市立丸山小学校)の校区を再編する形で開校している。

1923年には東成郡天王寺第五尋常小学校(現在の大阪市立金塚小学校)の創立に伴い、従来天王寺第四(天下茶屋)小学校校区だった飛田地区を天王寺第五(金塚)小学校校区へと変更している。

天王寺村は1925年に大阪市に編入した。旧天王寺村の学校は大阪市編入を機に、従来の「天王寺+創立番号」の名称をやめて地名などを取り入れた名称に一斉に改称した。これに伴い当校も大阪市天下茶屋尋常小学校に改称している。

国民学校令の実施により、1941年には大阪市天下茶屋国民学校へ改編された。

校区は大阪市編入当初は住吉区に属していたが、1943年の大阪市の行政区の22区への分増区・境界見直しの際に西成区に編入されている。

太平洋戦争の激化により大阪市の国民学校(小学校)では1944年学童集団疎開を実施することになった。西成区の学校では和歌山県および大阪府南部(泉州地域)が疎開先として割り当てられ、天下茶屋校は和歌山県有田郡鳥屋城村金屋町を経て現在は有田川町)および御霊村吉備町を経て現在は有田川町)への集団疎開を実施している。

学制改革により、1947年に現在の校名・大阪市立天下茶屋小学校へと改称している。

年表[編集]

通学区域[編集]

  • 大阪市西成区 天下茶屋1丁目(一部)・2丁目(紀州街道以東)・3丁目(東半分)、天下茶屋東(大半地域)、聖天下、天神ノ森1丁目(一部)、岸里東1丁目(一部)、山王3丁目(一部)
卒業生は大阪市立天下茶屋中学校へ進学する。

交通[編集]

参考文献[編集]

  • 東成郡天王寺村 『天王寺村誌』、1925年
  • 大阪市立天下茶屋小学校 『天下茶屋 創立50周年記念誌』、1971年

関連項目[編集]