天号作戦

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天号作戦(てんごうさくせん)は、太平洋戦争(大東亜戦争)末期における日本軍の作戦計画。

計画内容[編集]

天号作戦は東シナ海周辺要域に対する米軍の攻略に対する航空作戦である。陸軍と海軍で考えに相違があった。陸軍では、天号作戦を本土を中核とする総合的作戦計画の一部とみなし、陸海軍の航空戦力で敵の攻略船団を攻撃し、米軍の進攻を遅滞させて本土決戦準備の完成のため時間を稼ぎたいという考えであったが、米軍の進攻挫折の確算はなく、その後の本土決戦の備えや防空にある程度兵力を控置した。海軍では、沖縄を失えば本土決戦は成り立たないと考え、沖縄戦を今次戦争の決戦になると考えていた[1]

  • 天一号作戦 - 沖縄方面航空作戦
  • 天二号作戦 - 台湾方面航空作戦
  • 天三号作戦 - 南沿岸方面航空作戦
  • 天四号作戦 - 仏印海南島方面航空作戦

歴史[編集]

1944年末から始まった捷一号作戦で作戦可能の航空兵力の大部を失い、その再建も進まず、この状況で東シナ海周辺に米軍の来攻があった場合、その阻止のために大規模な航空戦を行うか、目をつぶって航空兵力の再建に努めて米軍の本土上陸に備えるかについて陸海軍で意見が分かれ、海軍は沖縄方面を最後の決戦と考えて航空戦力の錬成上から1945年5月ころまで我慢して逐次投入を避けるべきとし、陸軍は本土決戦準備の時間を稼ぐために陸海軍の総合航空戦力で米軍の進攻に応戦して遅滞させようとした[2]

1945年3月17日、連合艦隊はGF電令作第五六四A号により「天一号作戦」を発令した[3]。19日の段階では、次の決戦方面について、大本営陸軍参謀本部では敵の上陸方面を台湾の算大とし、大本営海軍軍令部では敵の通信情報から小笠原方面の算大としていたが、20日には陸海軍ともに次は南西諸島との判断を強くした[4]。20日、軍令部は大海指第五一三号を発令し、当面作戦の重点を南西諸島正面に指向し、航空兵力の集中を計って来攻する敵主力を撃滅する方針を示した。これは軍令部が沖縄航空決戦の決意を現しているとする意見もある[5]。3月25日18時18分、連合艦隊は「天一号作戦警戒」を発令[6]。26日11時2分、連合艦隊は「天一号作戦発動」を発令[7]

出典[編集]

  1. ^ 戦史叢書17 沖縄方面海軍作戦 163頁
  2. ^ 戦史叢書17 沖縄方面海軍作戦 149-150頁
  3. ^ 戦史叢書93 大本営海軍部・聯合艦隊<7>戦争最終期 258-259頁
  4. ^ 戦史叢書93 大本営海軍部・聯合艦隊<7>戦争最終期 263頁
  5. ^ 戦史叢書93 大本営海軍部・聯合艦隊<7>戦争最終期 257頁
  6. ^ 戦史叢書93 大本営海軍部・聯合艦隊<7>戦争最終期 264頁
  7. ^ 戦史叢書93 大本営海軍部・聯合艦隊<7>戦争最終期 265頁

関連項目[編集]

  • 捷号作戦 - 捷二号作戦、捷三号作戦、捷四号作戦は発動されず、天号作戦に再編された。
  • 菊水作戦 - 天号作戦中に展開された航空攻撃作戦。
  • 決号作戦 - 沖縄戦終了後、天号作戦から発展した本土決戦用の作戦。