太田勘太郎

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太田 勘太郎(おおた かんたろう、1874年明治7年)6月5日 - 没年不明)は、日本実業家政治家福岡市会議長[1][2][3]、同市参事会員[4]。博多商工会議所会頭[2][3]、同常議員[4]。福岡商工会議所会頭[5]。福岡県多額納税者[2]。八幡海陸物産市場代表取締役[2]。太田屋醤油店社長[1][3]。福岡県醤油同業組合長[1][2][5]福岡銀行取締役[6]。九州勧業監査役[1][2][5]。族籍は福岡県平民[6][7]

人物[編集]

福岡県平民・太田與三郎の長男[1][6][7]1892年家督を相続した[6]。醤油醸造業を営み、会社重役であった[4]。また政界に進出し、福岡市会議長をつとめた[2]。住所は福岡市蔵本町[2]。福岡県在籍[4][5]

家族・親族[編集]

太田家

1868年、太田与三郎が博多蔵本町において醤油醸造業を興し、その商号を「カクダイ醤油」と称した[8]。1892年、太田勘太郎が家業を継承した[8]1931年、会社経営を法人組織に改め、「株式会社太田屋醤油店」を設立した[8]1937年、太田六郎が代表取締役に就任した[8]1969年、太田正太郎が代表取締役に就任した[8]。株式会社太田屋醤油店本社所在地は福岡市博多区美野島[8]

親戚
  • 船津禾郎(福岡銀行取締役)[9]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 『人事興信録 第10版 上』オ177頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 『人事興信録 第9版』オ164頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月15日閲覧。
  3. ^ a b c 『日本紳士録 第39版』福岡オ、ヲの部5頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月15日閲覧。
  4. ^ a b c d 『人事興信録 第8版』オ156頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月15日閲覧。
  5. ^ a b c d 『人事興信録 第11版』オ223頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年5月23日閲覧。
  6. ^ a b c d 『人事興信録 第5版』を141-142頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月15日閲覧。
  7. ^ a b c d 『人事興信録 第4版』を99頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月4日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g h 沿革、株式会社太田屋醤油店公式サイト。
  9. ^ a b 『人事興信録 第7版』ふ58頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第10版 上』人事興信所、1934年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第39版』交詢社、1935年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937-1939年。