奥山彩子

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奥山 彩子(おくやま さいこ、1916年(大正5年)-)は昭和期の歌手

経歴[編集]

東京出身。父は作曲家、編曲家の奥山貞吉。東洋音楽学校卒業後の、1939年(昭和14年)コロムビアレコードからデビュー。「興亜行進曲」<検討を要する>、「興亜三人娘」:1940年(昭和15年)、「日本の妻」、「蛇姫絵巻」などを吹き込んだ。「興亜三人娘」は李香蘭(当時の満州)、白光(当時の支那)と組み合わされ、当時の国策:三国協和を象徴する歌であった。

1939年(昭和14年)9月30日公開の東宝映画「東京ブルース」、1940年(昭和15年)2月21日公開の東宝映画「春よいづこ」などに出演。

1938年(昭和13年)頃、霧島昇との関係がスキャンダルされたことがある(その後、霧島昇は松原操(ミス・コロムビア)と結婚した)。

一時期、服部良一が設立した「コロムビア・リズム・シスターズ」に参加していた。

代表曲[編集]

  • 「蛇姫絵巻」(共唱:志村道夫
  • 「日本の妻」(共唱:霧島昇)