奥田啓介

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奥田 啓介
プロフィール
リングネーム 奥田 啓介
本名 奥田 啓介
身長 175cm
体重 85kg
誕生日 (1991-06-05) 1991年6月5日(28歳)
出身地 三重県津市
所属 フリー
スポーツ歴 レスリング
デビュー 2009年11月3日
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奥田 啓介(おくだ けいすけ、1991年6月5日 - )は、三重県津市出身[1]プロレスラーアントニオ猪木率いるIGFのリングでプロデビュー。ウルティモ・ドラゴンの甥にあたる[2][3]

来歴[編集]

学生時代[編集]

小学2年生のときにはじめてプロレスを観戦。強いプロレスラーに憧れを抱き、寛水流空手を始める[4]。中学からレスリングを始め、朝明高校在学時にIGFが定アキラのデビュー戦相手を募集していたことから応募[5]。当初は相手にされなかったが、一週間電話をかけ続け、担当者を折れさせ、そのまま定アキラを相手に2009年11月3日、IGF「GENOME10」(東京・JCBホール)でプロデビュー。デビュー戦は10分、時間切れ引き分け[1]

卒業後、拓殖大学に進むと、レスリング部監督であった須藤元気の薦めからプロ活動を自粛。アマチュアレスリングで84kg級世界選手権で8位の結果を残す[4]。大学4年となった2013年の大晦日、IGF「INOKI BOM-BA-YE 2013」のマイク・ジョー戦で再度プロデビュー。大学卒業後は薬品会社に就職するが、わずか1か月で退職[4]。再びプロレスラーの道を歩み始めた。

プロレス専業へ[編集]

2014年4月26日、DDT主催のハードヒットに参戦し、大日本プロレス神谷ヒデヨシと対戦。この時に所属表記がフリーランスとなる(IGFには継続参戦)[6]

8月には柳京鄭周永体育館にて行われたIGF北朝鮮興行に参加。 2015年5月から約4週間、メキシコに遠征。ウルティモ・ドラゴン主催の「ドラゴマニア10周年大会」(アレナ・メヒコ)にも出場した。

2015年11月7日、神奈川・横浜ラジアントホールでのハードヒットに参戦。佐藤光留に敗れた。

11月16日、VKFプロレス新木場大会に乱入参戦。花鳥風月松本崇寿に因縁を吹きかけた。12月14日大会でのシングルマッチが一度は発表された[7]が、6人タッグに変更となる[8]

12月31日のINOKI BOM-BA-YE 2015で総合格闘技デビュー。3月6日、総合第2戦を新宿フェイス・Fighting NEXUS vol.5にて行う[9]

2016年5月に全日本プロレスに初参戦[10]。7月2日、名古屋で行われる川村亮デビュー10周年記念興行「川村SOUL」において、中島洋平&青柳優馬組と対戦(パートナーは石田慎也)[11]

10月2日、金村キンタロー黒田哲広組の保持するWEWタッグ選手権に橋本友彦と挑戦し勝利、初戴冠[12]

IGF所属~DDT所属〜DRAGON GATEへ[編集]

2017年に入るとIGF所属を明言。2月16日、ラウェイ・イン・ジャパン2に参戦し、ジャン・コーにレフェリーストップ負け[13]

5月21日、中井光義と共にプロレスリングZERO1の後楽園大会に乱入し、ZERO1への参戦を表明。殴り込みの理由として「あんな老人ばっかりのプロレス見てても客は飽きちゃうし。それならオレたちのケンカ見た方が面白いだろ?オレたちが面白くしてやるんだよ」と参戦するZERO1をこき下ろす発言を行った。22日の後楽園大会で中井が対戦するクリス・オンドーフについても「大体誰なんだよ。ユドーフだかオンドーフだかなんだか知らねーけど」と言いたい放題であった[14]。その22日の試合ではオンドーフをつかまえる展開が続き、最後はPKで沈めて3カウントを奪い、高岩竜一とオンドーフのコンビを破ってZERO1初白星。試合後もダウンしたオンドーフを足蹴にするなど2人はやりたい放題で、奥田は「おい、なんだこれ、加齢臭がすんだよ、この会場は。ハゲたやつばっかりじゃねえか!大谷連れてこい、大谷!」などとNGワードを連発[15]

7月31日の後楽園大会では鈴木秀樹をパートナーにするも、大谷晋二郎と高岩竜一のタッグに玉砕。この試合後に高岩が奥田に肩を貸して退場し、タッグ結成の意思を表示。高岩は自身がフリーであったころ、IGFの道場で練習していた奥田が「小せえいかつい野郎がいるな」と印象に残ったようであり、NEWが凍結したため何か手を差し伸べたくなって奥田と一緒にやろうと言ったという[16]。8月31日後楽園ホールで開催された『ZERO1 ドリームシリーズ 真夏の後楽園決戦!』にて王者、日高郁人菅原拓也組と対戦。高岩がダイビングエルボーでカウント2まで菅原を攻め立て、奥田がジャーマンスープレックスで日高から2カウントを取るなど途中まで攻勢であり、その後、エルボー合戦、張り手の打ち合いになったが、10分が経過し、高岩が菅原のトペ・スイシーダを受け、場外で菅原につかまる。リング上では奥田が日高に張り手の連打で追い詰めるが、12分19秒、野良犬ハイキックをくらい、3カウント。ベルト奪取には至らなかった[17]

2018年9月17日、舞浜アンフィシアターで行われた巌流島主催「全日本武術選手権 2018 in MAIHAMA」において空道、修斗選手などを含むトーナメントをプロレス代表として勝ち抜き優勝。「優勝したのは当たり前。最初から分かっていたことだ。プロレスラーは何でも出来る、一番強い、それを証明しただけ」のコメントを残した[18]

9月23日、かねてからDDTプロレスリングの下部組織のDNAにおいて吉村直己と「ナオミキングダム」を結成して暴れていたことからオファーを受け、DDTに正式に所属した事を後楽園ホール大会の前説にて発表。

2019年4月30日をもってDDTを退団した[19]

5月よりフリーとしてDRAGON GATEにレギュラー参戦。

戦績[編集]

総合格闘技 戦績
1 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
0 0 0 0 0 0 0
2 1 0 0 1
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
× 山本勇気 1R 0:26 KO(膝蹴り→パウンド) INOKI BOM-BA-YE 2015 2015年12月31日
× 鋼入りの戸田 1R 反則負け Fighting NEXUS vol.5 2016年3月6日

脚注[編集]

  1. ^ a b 奥田 啓介”. アントニオ猪木 IGFプロレスリング. アントニオ猪木 IGFプロレスリング. 2015年11月27日閲覧。
  2. ^ 全日本、アパッチ”. 奥田 啓介の「立ち止まったら game over」ブログ (2016年8月29日). 2019年7月1日閲覧。
  3. ^ 奥田啓介公式ツイッター(2017年9月28日)
  4. ^ a b c BODYMAKER×アスリート(20)奥田啓介 - News & Event”. BODYMAKER×アスリート (2015年4月20日). 2015年11月17日閲覧。
  5. ^ ベースボールマガジン社「週プロモバイル」2009年10月21日配信記事
  6. ^ 4月26日ハードヒット新木場大会決定全カード”. DDTプロレスリング公式サイト (2014年4月15日). 2015年11月17日閲覧。
  7. ^ VKF 12.13大阪大会、花鳥風月12.13東京タワー大会でのVKF選手権、VKF 12.14新木場大会について矢郷総帥がコメントを発表「12.14以降しばらく休養に入る」”. バトルニュース (2015年12月11日). 2016年3月8日閲覧。
  8. ^ VKF 12.14新木場大会 木藤&松田&バッファローvs.真霜&GEN&兼平、矢郷&松本&川島vs.勝村&奥田&岡田”. バトルニュース (2015年12月15日). 2016年3月8日閲覧。
  9. ^ 試合結果”. Fighting NEXUS (2016年3月6日). 2016年3月6日閲覧。
  10. ^ くそー!”. 奥田 啓介の「立ち止まったら game over」ブログ - アメーバブログ (2016年5月15日). 2016年5月15日閲覧。
  11. ^ https://twitter.com/KAWAMURASOUL/status/747400953851064321
  12. ^ 奥田啓介 プロレス初タイトル!アパッチプロレス軍 第24代「WEWタッグ選手権チャンピオン」に君臨!”. アントニオ猪木 IGFプロレスリング (2016年10月2日). 2016年11月26日閲覧。
  13. ^ ミャンマーの国技ラウェイに挑んだIGF奥田が見せたプロレスの可能性…金曜8時のプロレスコラム”. スポーツ報知 (2017年2月17日). 2017年2月17日閲覧。
  14. ^ ゼロワン参戦のIGF奥田&中井が救世主宣言「加齢臭消してやる」 東スポWeb 2017年06月21日 18時50分 (2017年9月1日閲覧)
  15. ^ 【ゼロワン】NEW奥田&中井が白星発進「ハゲたやつばっかり!大谷連れてこい」 東スポWeb 2017年06月22日 22時48分 (2017年9月1日)
  16. ^ 週刊プロレス2017年9月13日号p.54.
  17. ^ 奥田啓介が高岩竜一とタッグを組み日高郁人、菅原拓也のNWAインターナショナルライトタッグ王者に挑戦! IGF OFFICIAL WEB SITE 2017.08.31 (2017年9月1日閲覧)
  18. ^ 格闘技情報を毎日配信!, eFight 【イーファイト】. “【巌流島】プロレスラー奥田啓介が全日本武術選手権で初代王者に「プロレスが一番強いんだ」” (日本語). eFight 【イーファイト】 格闘技情報を毎日配信!. 2018年10月21日閲覧。
  19. ^ 奥田啓介選手、DDTプロレスリング退団のお知らせ”. DDTプロレスリング(2019年4月2日). 2019年4月30日閲覧。