女木島

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女木島
サンポート髙松より望む.JPG
サンポート髙松より望む
座標 北緯34度23分43秒 東経134度3分0秒 / 北緯34.39528度 東経134.05000度 / 34.39528; 134.05000座標: 北緯34度23分43秒 東経134度3分0秒 / 北緯34.39528度 東経134.05000度 / 34.39528; 134.05000
面積 2.62 km²
海岸線長 8.9 km
最高標高 216.0 m
最高峰 タカト山
所在海域 瀬戸内海備讃瀬戸
所属国・地域 日本の旗 日本香川県高松市
地図
女木島の位置(香川県内)
女木島
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女木島(めぎじま)は、瀬戸内海にある香川県高松市女木町に属する。郵便番号は760-0092(高松中央郵便局管区)。また、女木島は「」、男木島は「」を指し、両者で雌雄島(しゆうじま)を成す[1]

概要[編集]

女木島のオーテ
鷲ヶ峰の山頂より西方を望む
鷲ヶ峰の山頂より東方を望む

高松港の北々東約4キロメートルの海上にあり、北々東軸約4キロメートル、北西軸約1キロメートルの細長い島である。髙松港と女木島の南端は約3キロメートルである。また、女木港の北々東約4キロメートルに男木港があり、女木島の北端と男木島の南端は約1キロメートルである。島の面積は2.62平方キロメートル、周囲は8.9キロメートル、最高点のタカト山は216.0メートル[2]である[3]

洞窟直上の鷲ヶ峰の山頂に、360度の多島海が眺められる展望景観などを有し、1934年(昭和9年)3月16日、国立公園として初の[注 1]瀬戸内海国立公園[4]に指定された[5]

島の人口は168人、世帯数は107世帯、過疎化が進んだ状況である[6][注 2]。島民のほとんどが、女木港周辺の東浦に集住するが、西浦にも集落がある[注 3]。狭い平地と段々畑による畑作と、漁業の半農半漁の島である。かつて女性は、重い荷物を頭上にのせて運ぶ「頭上運搬」が日常の風景であった[7]。そして、桃太郎伝説にちなんだ女木島の愛称は、「鬼ヶ島」である[3]

山頂からの展望景観に加え、民家を囲うオーテ(石垣)は、女木島独特の景観である[8]。そして、鬼ヶ島大洞窟・海水浴場・モアイ像・2000本の桜などで観光客を集める。近年は、瀬戸内国際芸術祭とともに、終了後も残存する公開作品の鑑賞に人々が訪れる。

女木島の読みは、「めぎま」と「めぎま」の2通りが見られるが、国土地理院海上保安庁[9]が定めた「めぎま」とする[2]

地形[編集]

洞窟の出口上方の柱状節理

女木島は北側の標高186.8メートルの鷲ヶ峰、南側の標高216.0メートルのタカト山、両者の間の標高153メートルのズッコウ山(日蓮山)の山並みから成る[2][10]。基盤岩は花崗岩類、上層部は玄武岩質火山礫凝灰岩、頂部は讃岐岩質玄武岩溶岩(カンラン石玄武岩)で覆われるが、浸食(開析)が進んで平坦面は残っていない。そして、鷲ヶ峰の鬼ヶ島大洞窟の出口の上方に崖があり、見上げると柱状節理の岩柱が見える[11]。島の中央の東西両岸に小規模の堆積平野が見られるほかは、傾斜地である[12]

歴史[編集]

鷲ヶ峰遺跡では弥生土器、女木円山古墳では朝鮮半島製と考えられる精巧な純金製のイアリングが出土している[13]

鎌倉時代は四国本土の豪族、香西氏の領地であった。室町時代の末から江戸時代の初期は香西氏の一族、直島の高原氏が所有していたが、1672年(寛文12年)に幕府の直轄地(天領)となる[1]

天領の時代は直島・女木島・男木島を「直島三か島」と称し、備中松山藩領地・倉敷代官所支配・大坂城代支配・高松藩預地など、たびたび支配者が変わるが、幕末は備中倉敷代官の支配下にあった[1]

1871年明治4年)、明治維新後の廃藩置県で、香川県香川郡へ編入された。1890年(明治23年)、自然村の女木島と男木島で、行政村雌雄島(しゆうじま)村が成立する[1]

明治以降は、農漁業地から商工業地の高松市・阪神地域への人口供給の一般的傾向をもつ。大正期から昭和初期には、アメリカ160人の他、ブラジルカナダに移住している[8][12]

島名の由来[編集]

いくつかの説があるが二例を示す[8]

  1. 男木島と女木島を男女に見立て、オギの「オ・雄・男」に対し、メギの「メ・雌・女」と思われる。「ギ」は、木の多い「木島」、防御地を意味する「城島」と考えられる。
  2. 那須与一が射落としたの一部が流れ着いたことから「メギ」という(方言では「壊れる」ことを「めげる」という)。

年表[編集]

  • 1890年(明治23年) - 女木島と男木島が町村制を施行し、行政村の香川県香川郡雌雄島村が成立。雌雄島村大字女木島になる[10]
  • 1937年(昭和12年) - ズッコウ山の山頂に日蓮上人像を島民が設置する[10]
  • 1956年(昭和31年) - 女木島灯台が点灯、供用開始となる[1]
  • 1956年(昭和31年) - 雌雄島村は高松市に合併する。女木島は高松市女木町となる。女木出張所が開所、小・中学校も市立に改称する[1]
  • 1957年(昭和32年) - 離島振興法の指定を受ける。
  • 1958年(昭和33年) - 市立女木中学校を閉校、市立城内中学校に統合する(その後、市立高松第一中学校に統合)。
  • 1960年(昭和35年) - 四国電力の電力供給で点灯する。
  • 1976年(昭和51年) - 簡易水道が完成し、給水船による水輸送を開始する。
  • 1976年(昭和51年) - 日本電信電話公社のダイヤル電話が即時通話となる。
  • 1997年(平成9年) - 海底移水管が完成し、本土と水道網が直結する。
  • 1997年(平成9年) - 鷲ヶ峰展望台( 女木島山頂園地)が完成する。
  • 2002年(平成14年) - 女木海水浴場の親水護岸・突堤などの海岸環境整備が完了する。
  • 2007年(平成19年) - 女木港ビジターバースが完成する。
  • 2010年(平成22年)夏~秋 - 「瀬戸内国際芸術祭 2010」が開催され[14]、女木島の来場者数は99.759人である[15]
  • 2013年(平成25年)春・夏・秋 - 「瀬戸内国際芸術祭 2013」が開催され[16]、女木島の来場者数は57.582人である[17]
  • 2016年(平成28年)春・夏・秋 - 「瀬戸内国際芸術祭 2016」が開催され[7]、女木島の来場者数は49.276人である[18]

瀬戸内国際芸術祭[編集]

現代美術の祭典、第一回瀬戸内国際芸術祭は、2010年7月19日から同年10月31日までの105日間、高松港周辺と女木島や男木島直島豊島小豆島大島犬島を舞台に行われた。人口約200人の過疎の瀬戸内の小島に、空前の方々が訪れ、島内は鑑賞者でごった返した[19]。下部のギャラリーは、「瀬戸内国際芸術祭 2016」の終了後も残存し、公開されている作品の一部である。

交通[編集]

  • 高松~女木島~男木島を結ぶ、定期便(雌雄島海運[20]が運航されている。高松港(サンポート)からフェリーで女木港まで20分、女木港~男木港まで20分である。他に船便は無い。
  • フェリーの到着時刻に合わせて「女木港~鬼ヶ島大洞窟」を往復する定期バス[21]が運行されている(冬季は運休、鬼ヶ島観光自動車)。その他は、レンタサイクルが唯一の交通手段。

教育[編集]

島内の市立女木小学校は、小学生がいないため休校中(2016年現在)。中学生は、本土の市立高松第一中学校へ海路で通うことになる。

主な施設[編集]

  • 女木島郵便局
  • 高松市女木出張所:〒760-0092 香川県高松市女木町字宮ノ上203番地1
  • 高松市女木診療所
  • 女木コミュニティセンター(公民館

名所・観光・レジャー[編集]

鬼ヶ島おにの館
女木島のモアイ像
  • 鬼ヶ島大洞窟 - 鷲ヶ峰の山頂近くにある全長400メートルの人工洞窟は、1931年(昭和6年)に高松市に在住の郷土史家、橋本仙太郎が発見。そして、桃太郎伝説と洞窟を結びつけ、島の愛称「鬼ヶ島」の由来となる。その後、観光洞窟として開発され、観光客を迎える島となる[10]
  • 鷲ヶ峰展望台 - 女木島山頂園地の展望台(鬼ヶ島大洞窟の直上)は、瀬戸内海を360度見渡せる絶景ポイントである。西方は、瀬戸大橋香川県岡山県鷲羽山を結び、備讃瀬戸を様々な船舶が行き交う。北方の男木島直島豊島・小豊島は、海を隔てた岡山県と兵庫県の南西部の山々を背景にして浮かぶ。東方は、小豆島大島屋島庵治半島などが視野にいる。南方の女木港は眼下。サンポート高松から広がる高松市街に、高松平野に散在する小山と阿讃の山並みが遠望できる[5]
  • 3000本の桜[22] - 女木島は桜、男木島は水仙と、花の咲く雌雄の島として注目されている[5]
  • オーテ - 民家の周りに築かれた、高さ3~4メートルの強固な石垣は、冬の季節風に対する防風防潮石垣(大手)である[23]
  • モアイ像 - 世界七不思議の一つ、イースター島チリ共和国)の倒れたモアイ像を修復した、クレーンメーカー「タダノ」のテスト用の模刻品。「イースター島モアイ修復プロジェクト」の完了後に、高松市に寄贈されたものである[24]。この企業メセナ活動は、メセナ大賞では異例で別格の、審査員特別賞を受賞している[25]
  • 鬼ヶ島海水浴場 - 女木島海水浴場として、環境省快水浴場百選に選定されている。
  • 夕陽と朝日の展望地 - 「日本列島夕陽と朝日の郷づくり協会」の日本の夕陽百選に選定されている。
  • 野営場 - 島の北東に香川県の女木島野営場がある[26]。島内で最大のキャンプ場である。
  • 鬼ヶ島おにの館[21] - 島の総合観光案内所・無料の「鬼の博物館」・館内食堂が併設され、バスの乗車券・レンタサイクルを扱い、待合所として使用されている。

女木島が舞台となった作品[編集]

映画
小説
その他

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 雲仙国立公園および霧島国立公園と同時指定。
  2. ^ 国勢調査、1950年(昭和25年)の雌雄島村の人口は2139人、2015年(平成27年)10月の女木町と男木町の合算人口は355人である。
  3. ^ 西浦の集落には16世帯が居住する(2016年8月現在)。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 高松市史編修室 編『新修 高松市史 Ⅰ』高松市、1964年、675-676頁。
  2. ^ a b c 電子国土基本図(地図情報)・地名集日本2007(地名に関する情報)ー国土地理院
  3. ^ a b 『香川県大百科事典』、四国新聞社、1984年、911頁。
  4. ^ 瀬戸内海国立公園ー環境省
  5. ^ a b c 『香川の瀬戸内海国立公園 ガイドブック』、香川県みどり保全課 編集/発行、2016年、14頁。
  6. ^ 登録人口 2017年12月現在ー高松市
  7. ^ a b 北川フラム 監修 永峰美佳 他 編集『瀬戸内国際芸術祭 2016 公式ガイドブック』、現代企画室、2016年、7・93頁。
  8. ^ a b c 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、794-975頁。ISBN 978-4-04-001370-1。
  9. ^ 香川県のしまっぷー第六管区海上保安本部
  10. ^ a b c d 香川県の歴史散歩委員会 編『香川県の歴史散歩』、山川出版社、2013年、292頁。
  11. ^ 讃岐ジオサイト探訪ー香川大学
  12. ^ a b 観光学術読本 鬼が島』、高松市商工観光課、1957年、23・58-59頁。
  13. ^ 高松市歴史資料館 編集『高松市歴史資料館常設展示図録』、高松市、1997年、18頁。
  14. ^ 永峰美佳 他 編集『瀬戸内国際芸術祭 2010』、美術出版社、2010年、82頁。
  15. ^ 島内の基準施設、二ヶ所の合計数。『瀬戸内国際芸術祭 2010 総括報告』、香川県、2010年、10頁。
  16. ^ 永峰美佳 他 編集『瀬戸内国際芸術祭 2013』、美術出版社、2013年、72頁。
  17. ^ 島内の基準施設、二ヶ所の合計数。『瀬戸内国際芸術祭 2013 総括報告』、香川県、2013年、13-14頁。
  18. ^ 島内の基準施設、二ヶ所の合計数。『瀬戸内国際芸術祭 2016 総括報告』、香川県、2017年、13-14頁。
  19. ^ 瀬戸内国際芸術祭、四国新聞、2010年11月2日閲覧。
  20. ^ 男木島・女木島フェリーー雌雄島海運 H/P
  21. ^ a b 鬼ヶ島おにの館ホームページ・バスの案内ー鬼ヶ島おにの館ホームページ
  22. ^ さくら遍路/女木島、四国新聞、2018年3月31日閲覧。
  23. ^ 三好 貞 編集『鬼が島』、高松市商工観光課、1957年、48頁。
  24. ^ モアイ修復プロジェクト:経過年ータダノ
  25. ^ 企業メセナ協議会 編著『メセナ白書1995』、ダイヤモンド社、1995年、34頁。
  26. ^ 香川県女木島野営場ー香川県