女流育成会

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女流育成会(じょりゅういくせいかい)は、将棋女流棋士育成を目的とする法人。1984年に発足し、2009年3月に廃止。その役割は研修会に移行した。

発足の経緯[編集]

発足以前はアマチュア棋戦での成績と師匠の推薦で女流棋士になることができた。 1984年に発足し、女流棋士第1号は清水市代

育成会システム[編集]

育成会入会資格[編集]

  • 29歳までの女性
  • 入会金3万円、保証預かり金10万円
  • 師匠1名(正会員の棋士、もしくは女流初段以上かつ在籍10年以上の女流棋士)
  • 保証人1名

育成会卒業へのプロセス[編集]

奨励会の三段リーグや順位戦と同様、育成会員同士でリーグ戦を行い、成績最上位のものが昇級する。同率のものが複数出たときは、前期の成績によって決定されている順位によって昇級者を定める。

1984年度から1991年度まで[編集]

  • 年1回のリーグで、上位2名が女流棋士になる仕組みであった。
  • 各対局者と3回ずつ対局するリーグ戦方式をとっていた。

1992年度前期から1996年度前期まで[編集]

  • 年2回のリーグ戦で、1位のみ女流棋士になることができる。
  • 各対局者と2回ずつ対局する。

1996年度後期から2003年度前期まで[編集]

  • 女流育成会会員はA級・B級に分けられ、新規会員はまずB級よりスタートし、勝ち星により順位をつける。
  • B級1位になるとA級に昇級。さらにA級1位になると女流2級として女流棋士になれる。ただし、制度開始後数年は昇級者が2名のときや降級者(A級からB級に落ちる)が発生するなどしている。
  • 18局を超えない範囲で総当たりのリーグ戦が組まれる。7名以下のときは同一相手と3局、8名以上10名以下のときは2局、11名以上のときは1局ずつ対戦するようになっている[1]

2003年度後期から2008年度後期まで[編集]

  • 女流育成会会員全員による総当たり戦で対局を行い、勝ち星により順位をつける。参加者が10名以下のときは2局ずつ行うのは、A級・B級に分かれていたときと同じ。
  • 1位に昇級点をつけ、昇級点2個を獲得すると女流2級として女流棋士になる。
  • 新規女流棋士が誕生した場合は、昇級点を持たない者の中で成績上位のもの1名(昇級点を持たない者が10名以上いる場合には2名)に新たに昇級点をつける。ただし勝率6割未満の者は除かれる。
  • 30歳を迎えると新たな期には参加できない。ただしその者が昇級点を持っており、勝ち越しを続けた場合には6期3年まで延長が認められる。
  • 2003年度前期までの段階でA級に所属していたものには昇級点1を開始時点で付与している。

特例措置[編集]

女流棋士でないものが奨励会を2級以上で退会した場合、女流育成会を経ずに女流棋士になることができる。2003年11月に奨励会を1級で退会した岩根忍が2004年4月から女流棋士となり、この規定の適用第1号となった。2014年現在も、2級以上の奨励会員退会者は研修会を経ずに女流棋士になることができる制度がある。

研修会との統合[編集]

日本将棋連盟理事会は、経費負担軽減と新女流棋士の棋力一定化のため、女流育成会を2008年度限りで廃止する方針を固め[2]、2009年4月からは、研修会の成績で判断することとした。

研修会では、女流棋士を志す者がC1クラスに昇級した時点で「女流3級」[3]の資格を得るものとした[4]。その後、2018年度に制度変更され、女流3級の資格は廃止し新たにB2クラスに昇級した時点で女流2級の資格を得るものとした。

脚注[編集]

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  1. ^ 近代将棋』2007年12月号、135ページの「女流育成会NEWS」に、2007年度後期のリーグ戦参加者が10名となったため「規定により先後で2回ずつ当たる18回戦のリーグとなった」と記されている。リーグ参加者が5名以下や20名以上になったことはなく、この場合にどのように運用されているかは不明。
  2. ^ 「盤側」読売新聞2008年12月22日朝刊、13版、14面。
  3. ^ 当初、「女流棋士仮会員」という名称であったが、制度開始から3か月も経たない2009年7月に「女流3級」に変更された「女流棋士仮会員」の名称変更について(日本将棋連盟)
  4. ^ 研修会:日本将棋連盟(2009年4月1日閲覧)より。