好古家

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驚異の部屋蒐集という営為の象徴。

好古家(こうこか、英語: antiquarian または antiquary)とは、骨董品・古美術品・古銭稀覯本遺物などを蒐集したり、古地図地域史史跡碑文家譜古俗などを調査したりする人のこと。つまり「好古趣味」(英語: antiquarianism, 「好古癖[1]」「好古学」「好古[2]」とも)を嗜む人のこと。

好古学者尚古家古事学者古物研究家ともいう。

概要[編集]

好古家は、考古学者歴史学者美術史学者博物館学者民俗学者地誌学者書誌学者などと重なる。あるいはそれらの分野のアマチュア研究者市民科学者愛好家好事家を指す。あるいは蒐集癖・物欲・好奇心を動機にする人を指す。あるいは近代的な考古学archeology)が成立する以前に活動した考古学者のような人を指す[3]

「好古家」という漢語は、西洋の伝統的な社会的称号の一つ「antiquarian」(antiquaryとも[注釈 1]ラテン語: antiquarius)に対する翻訳語として主に用いられる[4]。とはいえ、好古家にあたる人自体は古今東西にいる。

歴史[編集]

古代ローマ[編集]

古代ローマには、伝統を重んじる気風、すなわち「父祖の遺風」(モス・マイオルム英語版)が根強かったため、好古の書物がおのずから多く書かれた。具体的には、古代ローマの祭祀英語版古代ローマの国制英語版古俗家譜語源地誌ランドマークなどのトピックを主題として扱う書物が書かれた。これらのトピックは、リウィウスタキトゥスが書いたような歴史書類(年代記ローマ史英語版)でも扱われた。しかしながら、そのような好古を主題にした書物は大半が散逸しており、現存する書物に引用されて伝わっているだけのものが多い[5]

古代ローマの好古家の筆頭として、ウァロ大プリニウスゲッリウスマクロビウス英語版らが挙げられる。あるいは、ローマ帝国支配下のギリシア語の著作、例えばプルタルコスの『モラリア英語版』における「ローマ習俗問答」[6][7] や、アテナイオスの『食卓の賢人たち』なども好古の要素をもつ。あるいは、キケロの著作群(とりわけ『占いについて英語版』)も好古の要素をもつが、キケロ自身は好古よりも哲学に主眼を置いていた。そのほか、クラウディウス帝も好古の書物を著したとされるが散逸してしまった[5]

ヨーロッパ[編集]

ウィリアム・キャムデン英語版。17世紀英国における好古家の筆頭[8]

中近世から近代にかけてのヨーロッパでは、「ルネサンス」「古典主義」「新古典主義」などとして知られるように、古代ギリシア・ローマに対する好古が盛んになった。それと併行して、ヨーロッパ各国の自国に対する好古も盛んになった。

とりわけ、17世紀英国で盛んになり、ウィリアム・キャムデン英語版[8]ウィリアム・ダグデール英語版[8][9]ロバート・グラバー英語版エリアス・アシュモール英語版アシュモレアン博物館の創設者)、ジョン・オーブリートマス・タナーらが活動した。その後の18世紀から19世紀には、ジョン・フレールウィリアム・ステュークリジョージ・スペンサーアースキン・ベヴァリッジオーガスタス・フランクスらが活動した。

ヨーロッパの好古家は、しばしば「好古家協会」(英語: antiquarian society)を設立してネットワークを築いた[10]1707年の「ロンドン好古家協会」の設立を皮切りに、欧米各地で好古家協会が設立された(en:#Antiquarian societies)。その多くが現在でも活動している。

ヨーロッパの好古家は、地域史地誌を著すことが多く、特に英国では複数のカウンティ史(en)が作られた。好古家の蒐集品は、「驚異の部屋」に展示されることが多く、現代の博物館博覧会の前身になっている。好古家の調査活動は、現代でいう「歴史の補助学」、すなわち「碑文研究」「教会堂研究[11]」「印章学」「紋章学」「貨幣学」「系譜学」「型式学」「文書形式学」などに位置付けられる。英国では特にストーンヘンジエーヴベリーが好古家の調査対象になった。

啓蒙時代に起きた新旧論争の点から言えば、好古家は大抵「新」の側についた[12]。というのも、大抵の好古家は、現代人が一次資料を用いて歴史の権威を覆すことを良しとしていたためである。

中国[編集]

「好古家」「好古趣味」に近い中国特有の概念として、「文人」「文人趣味」がある。文人趣味においては、中国の青銅器玉器陶磁器印章怪石[13]古書画文房四宝(特に)などの古物が蒐集の対象になった。また、好古と重なる学問分野として、金石学(銘文や碑文の研究、拓本の蒐集)、礼学儒学における西周の文物制度の考証)、名物学(物の名前の考証)[14]がある。

中国における好古は、とりわけ宋代および清代に流行した。宋代の主な好古家として、欧陽脩[15]李公麟[16]米芾[13]呂大臨[17]王黼[18]・宋の徽宗[18] がいる。一方、明清代の好古家として、『格古要論』の著者曹昭[19] や、顧炎武閻若璩をはじめとする清朝考証学者たちがいる[20]。また、清の乾隆帝は中国随一の古物蒐集家としても知られ、その蒐集品が故宮博物院の根幹になっている[21]。そのほか、明清代には書籍の蒐集も盛んになった(Category:中国の蔵書家)。

日本[編集]

日本の歴史において「好古家」といえば、江戸時代中後期から幕末明治初期に活動した一連の人々をさす[4][22]

江戸[編集]

集古十種』より、宝刀小烏丸

江戸時代の代表的な好古家として、古都京都上方)出身の藤貞幹好古)や、『集古十種』の編纂事業を主導した松平定信がまず第一に挙げられる[23][24]。『集古十種』の編纂には、柴野栗山広瀬蒙斎屋代弘賢谷文晁喜多武清ら多くの学者・画家が携わった。松平定信はそのほかにも、寺社宝物調査や内裏の再建といった好古的な事業を主導した[25]

江戸時代の好古家はそのほかにも、菊岡沾涼[26]青柳種信[27]菅江真澄[28]蒲生君平[29]、先駆者としての水戸光圀[29]新井白石[30] なども挙げられる。さらにそのほか、塙保己一小山田与清のような国学者(和学者)や、大田錦城のような清朝考証学の受容者、瀬名貞雄・大久保忠寄・大田南畝らのような幕臣学者といった、複数の流れが挙げられる[25]。さらに、それら複数の流れを踏襲して「考証随筆」と呼ばれる文芸ジャンルを起こした、戯作者柳亭種彦曲亭馬琴山東京伝山東京山なども挙げられる[25]。考証随筆の例としては、『燕石十種』『鼠璞十種』といった叢書所収のものや、『燕石雑志』『北越雪譜』などがある。

江戸時代の好古のトピックは極めて多岐にわたり、古書画古陶磁・古瓦(日本の古瓦)・古銭銅器土器石器[31]化石銅鐸[31]埴輪土偶勾玉印章刀剣和服和楽器・稀覯本・地誌・地名名所古墳[31]寺社銘文碑文烏八臼扁額家譜・古俗・有職故実年中行事怪談奇譚・妖怪[32]大津絵[33]粛慎蝦夷などの先住民族[30] が扱われた。言うなれば、「古い物なら何でもいい」というほどだった[33]。土器は特に、亀ヶ岡遺跡から出土した「亀ヶ岡物」などが蒐集対象になった。

江戸時代の好古家は、しばしば「会」を結成して古物の見せ合いや議論を行った。例えば、山崎美成や上述の屋代弘賢・曲亭馬琴が参加した「耽奇会」や、司馬江漢木村蒹葭堂が関与した京都の「以文会」がある[32][33]

江戸時代の好古の流行は、同時代の他の流行と重なり合う。例えば、本草学者平賀源内田村藍水に始まる物産会の流行や、木内石亭や木村蒹葭堂による弄石趣味や珍品蒐集全般の流行、嘗百社吉田雀巣庵伊藤圭介による博物会や図譜の流行[27]漢詩の名所詠や名所図会による地誌学の流行[31][34]、などと重なり合う。

明治[編集]

以上のような江戸時代の好古を継ぐ形で、幕末明治初期にも好古は流行した。幕末明治の代表的な好古家として、蜷川式胤松浦武四郎柏木貨一郎黒川真頼横山由清杉浦三郎兵衛らがいる[22]お雇い外国人エドワード・モースは、彼らを日本の「antiquarian」と呼んだ[35][36]

幕末明治の好古家の成果は、町田久成田中芳男による近代的な博覧会博物館の導入運動(大学南校物産会・湯島聖堂博覧会ウィーン万博日本館)や、文化財の保護政策(古器旧物保存方・集古館)に活用された[4][37][22]。その後、モースや小シーボルトゴーランドによって、近代的な考古学が日本に導入された。

明治時代には、上述の「会」も引きつづき結成された。例えば、柏木貨一郎や小シーボルトも参加した「古物会」などがある[33]。また例えば、根岸武香清水晴風林若樹らが参加した「集古会」のような、アマチュア考古学者の会も結成された。そのような背景のもと、有坂鉊蔵坪井正五郎白井光太郎の三人組が弥生土器を発掘したり、多くの学者がコロポックル論争に参加したりした[33]

明治以後も、多くのアマチュア考古学者が活動した。例えば、昭和初期には三村竹清内田魯庵が、上述の耽奇会に倣って「新耽奇会」を結成した[38]

語彙の歴史[編集]

「antiquarian」[編集]

サルの好古家』(Le Singe Antiquaire, ジャン・シメオン・シャルダン画, 1726年頃)
『パズル』(The Puzzle, John Bowles画, 1756年) 好古家に対する典型的な揶揄。四人の好古家が碑文の解読を試みている。しかしながら、そこに書いてあるのはただのトライプ屋の夫婦のこと。絵画の下には皮肉を込めた献辞が、すなわち「オックスフォードケンブリッジイートンウェストミンスター、そして好古家協会の諸賢に捧ぐ」という献辞が添えられている。

「antiquarian」「antiquary」という語彙は、16世紀から19世紀のヨーロッパでは、「historian」(歴史家)と対になるもの、「historian」より劣ったものという意味で用いられることもあった[12]。例えば、フランシス・ベーコンの『学問の進歩英語版』は、そのような用法に関するものである[39]

あるいは、揶揄的な蔑称、すなわち「変人」「ナード」のような意味で用いられることもあった。例えば、トマス・ローランドソン風刺画Death and the Antiquaries』(『死神と好古家』)や、ジョン・アール英語版1628年の著書『Microcosmographie』、ウォルター・スコット1816年の小説『好古家英語版』などでは、好古家が揶揄的に描かれている。そのような風潮を踏まえて、18世紀の好古家ホレス・ウォルポールは、好古における美学的観点の必要性を論じた[40]

そのほか、ニーチェの『反時代的考察』第二篇「生に対する歴史の利害についてドイツ語版」では、歴史主義に対する批判という文脈で、「好古的な歴史」(ドイツ語: antiquarische Historie)が俎上に載せられている。

「好古家」[編集]

「好古」という漢語は古くから使われており、『論語』の一節「述而不作、信而好古。」に由来する。上述の江戸時代の好古家たちも頻繁に使っており[41]、ときには「好古家」という語彙が使われることもあった[42]

漢訳語彙としての「好古家」は明治時代に形成された。具体的には、矢田部良吉の『大森介墟古物編』(1879年にモースが著した大森貝塚の報告書『Shell Mounds of Omori』の日本語訳)に由来する[注釈 2]。ちなみに、同じくモースの『日本その日その日』では、石川欣一は「好古者」という訳語をあてている[45][36]

そのほか、上述の『好古家』を含むウォルター・スコットの小説は、明治日本においては教養人の必読書として受容されていた[46][47]。(ただし『好古家』の初訳は2018年[48][46]。)

主な好古家[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 両者の違いについては en:Antiquarian#Antiquaries and antiquarians を参照。カタカナ転写表記は「アンティクエリアン」「アンティクエリー」または「アンティクアリアン」「アンティクァリー」、「アンティカリアン」「アンティカリー」。antiquaryには骨董商・古美術商の意味もある。
  2. ^ 厳密には、"gentlemen interested in archeology"というフレーズに対する意訳[43]。その意訳の際に、矢田部良吉は"antiquarian"という語を念頭に置いていたとされる[44]

出典[編集]

  1. ^ 好古癖・考古癖』 - コトバンク
  2. ^ 好古』 - コトバンク
  3. ^ 酒井 2010, p. 1f.
  4. ^ a b c 企画展「古物を守り伝えた人々―好古家たち Antiquarians―」”. 國學院大學博物館. 2020年9月21日閲覧。
  5. ^ a b 以上のような古代ローマの事情については、以下が詳しい。T.P. Wiseman, Clio's Cosmetics (Bristol: Phoenix Press, 2003, originally published 1979 by Leicester University Press), pp. 15–15, 45 et passim; and A Companion to Latin Literature, edited by Stephen Harrison (Blackwell, 2005), pp. 37–38, 64, 77, 229, 242–244 et passim.
  6. ^ At LacusCurtius, Bill Thayer presents an edition of the Roman Questions based on the Loeb Classical Library translation. Thayer's edition can be browsed question-by-question in tabulated form, with direct links to individual topics.
  7. ^ 伊藤照夫:プルタルコス『モラリア4』 訳者からのメッセージ”. clsoc.jp. 日本西洋古典学会. 2020年9月20日閲覧。
  8. ^ a b c 高野 2013.
  9. ^ 高野 2012.
  10. ^ 酒井 2010, p. 12.
  11. ^ 酒井 2010.
  12. ^ a b Levine 1991.
  13. ^ a b Matteini, Michele (2017). “The Story of a Stone: Mi Fu's Ink-Grinding Stone and its Eighteenth-Century Replications”. Arts Asiatiques 72: 81–96. ISSN 0004-3958. https://www.jstor.org/stable/44656690. 
  14. ^ 鈴木 2003, p. 148-159(青木正児『中華名物考』所収の「名物学序説」を踏まえて).
  15. ^ Ebrey, Patricia Buckley (1999). The Cambridge Illustrated History of China. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 0-521-66991-X, p. 148.
  16. ^ Harrist, Robert E. (1995). “The Artist as Antiquarian: Li Gonglin and His Study of Early Chinese Art”. Artibus Asiae 55 (3/4): 237. doi:10.2307/3249751. https://www.jstor.org/stable/3249751?origin=crossref. 
  17. ^ Trigger, Bruce G. (2006). A History of Archaeological Thought: Second Edition. New York: Cambridge University Press. 0-521-84076-7. p. 74.
  18. ^ a b Clunas, Craig. (2004). Superfluous Things: Material Culture and Social Status in Early Modern China. Honolulu: University of Hawaii Press. ISBN 0-8248-2820-8. p. 95.
  19. ^ Łakomska, Bogna (2020-02-07). “The Significance of Gegu yaolun 格古要論” (英語). Art of the Orient: 93–113 Pages. doi:10.11588/AO.2019.0.10633. https://crossasia-journals.ub.uni-heidelberg.de/index.php/ao/article/view/10633. 
  20. ^ Trigger, Bruce G. (2006). A History of Archaeological Thought: Second Edition. New York: Cambridge University Press. ISBN 0-521-84076-7. p. 74.
  21. ^ 川村佳男 (2014年). “【1089ブログ】多宝格が象徴する乾隆帝コレクション-収集と「倣古」の意味-”. www.tnm.jp. 東京国立博物館. 2020年10月9日閲覧。
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  23. ^ 小林ふみ子「はじめに」『好古趣味の歴史: 江戸東京からたどる』文学通信、2020年。
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  40. ^ Quoted in Martin Myrone, "The Society and Antiquaries and the graphic arts: George Vertue and his legacy", in Pearce 2007, p. 99.
  41. ^ 博物館ブログ 板木『好古日録』の世界-江戸時代の考古学”. www.nara-u.ac.jp. 奈良大学博物館. 2020年9月22日閲覧。
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  45. ^ 鈴木 2003, p. 34.
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  47. ^ 貝瀬 2013.
  48. ^ ウォルター・スコット 著 / 貝瀬英夫 訳 2018.

参考文献[編集]

日本語[編集]

日本語以外[編集]