妙 (八戸市)

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妙の位置(青森県内)
妙
妙の位置
座標: 北緯40度29分17.57秒 東経141度32分10.24秒 / 北緯40.4882139度 東経141.5361778度 / 40.4882139; 141.5361778
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Aomori Prefecture.svg 青森県
市町村 Flag of Hachinohe, Aomori.svg 八戸市
人口 (2017年(平成29年)4月30日現在)[1]
 - 計 3,497人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 031-0814
市外局番 0178[2]
ナンバープレート 八戸

(みょう)は、青森県八戸市にある町名地名の一つである。23の小字がある。

概要[編集]

八戸市役所から南東5kmのところに位置する地区である[3]。地内は、新井田川中流の右岸の台地に南北に2.4km、東西に5kmの広さがある。

北に新井田、東に大久保、南に松館三戸郡階上町倉前、西に十日市が隣接する。鉄道の駅は無い。幹線道路は八戸久慈自動車道八戸南インターチェンジ国道45号青森県道251号妙売市線が通る。地内東端部には八戸工業大学八戸工業大学第二高等学校が立地している。

地内の字蟹沢からは、縄文時代前期の土器や人骨収納の埋没時が出土した蟹沢遺跡がある。 また、字野場からは、縄文時代後期の時を発見した野場遺跡がある。

地名の由来[編集]

中世に「めう野」と呼ばれていた。元和4年(1618年)の記録で「明村」とあるのが「妙」でないかという説もある。

糠部郡八戸の一つで、永正年間(1504年から1520年)の記録では、家畜の放牧や牧草の採取のための野原が広がっており、9000匹の馬がいる糠部郡最大の牧場だった[4]

この牧場は根城南部氏が経営していたと考えられている[5]。江戸時代になると八戸藩の二大牧場の一つとして、「妙野の牧」と言われていた。

小字[編集]

字油久保、字市子林、字犬森、字内妙、字大開、字桶屋平、字蟹沢、字黒ケ沢、字坂中、字滝沢、字丹内、字西、字西平、字野場、字花生、字東、字藤蕪、字古戸、字分枝、字間山、字水上、字向野場、字西ノ平

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)4月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

小字 世帯数 人口
油久保 137世帯 329人
市子林 5世帯 9人
犬森 20世帯 38人
内妙 5世帯 13人
大開 139世帯 293人
桶屋平 97世帯 201人
蟹沢 6世帯 13人
黒ケ沢 154世帯 336人
坂中 153世帯 337人
滝沢 4世帯 5人
丹内 1世帯 3人
西 26世帯 69人
西平 153世帯 304人
野場 221世帯 469人
花生 99世帯 220人
92世帯 201人
藤蕪 1世帯 1人
古戸 42世帯 79人
分枝 131世帯 165人
間山 105世帯 246人
水上 25世帯 57人
向野場 41世帯 109人
1,657世帯 3,497人

歴史[編集]

妙村

  • 江戸期 - 1889年明治22年)三戸郡妙村
    • 16世紀前後(1504年から1520年)軍馬を育てる牧場だった。
    • 天正13年(1585年) 松館大慈寺・妙久山伝昌寺が八戸政栄(根城南部氏18代目)によって建てられる。

大館村時代

  • 1889年明治22年) - 1958年昭和33年)三戸郡大館村大字妙
    • 1940年(昭和15年)、八戸市に水道を引くために、蟹沢配水池の工事に着手。戦争で中断したが、1955年(昭和30年)に完成する。
    • 戦後、地内の東北部に位置する字花生(はなおい)、大開(おおびらき)は、第二次世界大戦後の入植者によって開拓が進められた。

八戸市合併後

施設[編集]

商業[編集]

教育[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 八戸市 (2017年4月30日). “八戸市人口データ(平成29年度)” (日本語). 八戸市. 2017年6月1日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  3. ^ 八戸市役所から妙水苑までの直線距離
  4. ^ 糠部九箇部馬焼印図
  5. ^ 遠野南部文書 岩手県中世文書中

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会(1985)「角川日本地名大辞典 青森県」角川書店 pp908