姶良

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姶良(あいら: 別表記「吾平, 姶羅, 姶﨟」)は、鹿児島県にみられる地名。

時代や文脈により指す地域が異なる。昭和中期以降は現在の姶良市霧島市湧水町(特にかつての姶良町鹿児島湾北西部)付近を、江戸時代以前は現在の鹿屋市吾平町大隅半島中央部)[1]付近を指すことが多い。

地形[編集]

行政区画[編集]

  • 姶良郡 – 江戸時代には始良(しら)と表記されていたが、姶羅郡(後述)と混同されるようになり、明治初期に「姶良」表記となった。
  • 姶羅郡 – 古代の大隅国に存在した郡[3]。「鹿屋」などのの存在[4]から、現在の鹿屋市付近に比定される。鹿屋市南西部の地名「大姶良」(かつての大姶良村、大姶良郷)および前述の姶良川がその名残を伝える。
  • 姶良市 – 鹿児島湾北西部にある市。姶良町加治木町蒲生町の3町が合併し、2010年3月23日に発足。
  • 姶良町 – 鹿児島湾北西部に存在した町。1955年発足。現在は姶良市の一部。
  • 姶良村 – 吾平町(2006年に鹿屋市と合併、現在は鹿屋市南部の地名)の町制施行(1947年)以前の名称。
  • 姶良郷(姶良鄕) – 江戸時代の薩摩藩における外城。姶良村(吾平町)の前身。
  • 姶良荘(姶良莊) – 鎌倉時代初期に存在した荘園[5]。現在の鹿屋市吾平町付近。
  • 姶﨟郷(姶﨟鄕) – 平安時代中期に存在した郷。大隅郡所属とされる[4]

施設[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 一例として江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』における「姶良」。
  2. ^ 佐藤正氣、横溝傳男「吾平山陵上流國有林崩壊と其復舊計畫」『日本林学会誌』日本森林学会、第22巻2号、90-99頁、1940年。
  3. ^ 『三国名勝図会』「吾平山上陵」(姶良郷)の項目では「消滅した郡」として扱われており、「姶良」(後の吾平町)「大姶良」(後の大姶良村)が往時の面影を残す地名として紹介されている。
  4. ^ a b 和名類聚抄』による。
  5. ^ 『大隅国図田帳』(1197年)による。

関連項目[編集]

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