威海衛行政区

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中華民国 威海衛行政区
1930年 - 1945年
簡体字 威海卫
繁体字 威海衛
拼音 Wēihǎiwèi
カタカナ転記 ウェイハイウェイ
国家 中華民国
行政級別 行政区
建置 1930年
廃止 1945年 
面積
- 総面積({{{area_metro_as_of}}}) km²
人口

威海衛行政区(いかいえい-ぎょうせいく)は中華民国により設置された特別行政区。

管轄区域[編集]

現在の威海市及び栄成市北部の地域に相当する。

沿革[編集]

1898年光緒24年)7月、清朝イギリスの間に『訂租威海衛専条』が締結され、劉公島及び威海衛湾内の各島嶼及びその沿岸10マイルの地域がイギリスに租借され租界が形成された。

1930年民国19年)10月、威海衛はイギリスより中華民国に返還されると、翌11月、威海衛行政区が正式に成立、行政院直轄とされた。

日中戦争中は日本軍に占領され、その後は中華民国臨時政府汪兆銘政権華北政務委員会)の統治下に置かれ南京国民政府は施政権を一時喪失したが、1945年(民国34年)、日本の敗戦と汪兆銘政権の崩壊に伴い施政権を回復、同年10月に威海市に統合され、山東省の管轄とされた。