学歴差別

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学歴差別(がくれきさべつ)とは、学歴の低い者を差別すること。学歴の高い者を崇敬することは学歴信仰と呼ばれる。

概要[編集]

第二次世界大戦後の日本では、高等教育を卒業していない者や有名大学を卒業していない者など、差別対象とされる者の定義は多義的である。本項ではもっぱら「低学歴者への差別」を対象としているが、「高学歴でも使えない者は要らない」などの理由で、高学歴者への差別(逆差別)もある。

このような、低学歴者への差別や軽侮、列びに高学歴者への崇敬を行う思想は「学歴主義」とも呼ばれる。対義語で、学歴を無関係とする思想は「実力主義」や「成果主義」と呼ばれる。

問題点[編集]

学歴差別には多くの問題点が存在する。

第二次世界大戦後の日本における学歴差別は、「中学校を卒業すれば、全員が当然のように高等学校へ進学する」「高校に進学しない人は能力も低い」「学歴が低い者は10代のうちに努力をしなかった」といった、「実力はあるけれど学歴は低い人」や「『親』『家庭環境』『出生地』など本人が選べない理由によって、高校に進学できなかった人(または自主退学を余儀なくされた人)」がいることや、中卒者全員が高校に進学できるとは限らない現実を無視している。

特定の人を無条件に差別する行為はステレオタイプによるものである。

各国の実情[編集]

日本[編集]

第二次大戦前[編集]

第二次大戦前の日本では、主に尋常小学校のみまたは高等小学校までの卒業が、「低学歴」として差別や軽侮の対象になっていた。また、貧困な家庭が第二次大戦後よりも格段に多かったため、尋常小学校卒や高等小学校卒で就職する者も多数おり、決して珍しいことではなかった。就職において、これらの低学歴者は工場や鉱山などにおける末端の工員か、小規模農家の後継ぎになる例が目立っていた。

第二次大戦後[編集]

中卒者への差別

文部科学省の公開している、第二次大戦後の「高等学校等への進学率[推移](2ページ目)」によれば、1952年(昭和27年)頃の進学率は50%前後しかなかったが、1974年(昭和49年)頃には進学率が90%を超えた。

高学歴間の差別

同じ企業においても学部卒業者より大学院卒業者の方が給料を高く設定している企業もある。政府の統計によると、大学院卒業者の50%以上が年収700万円以上を稼ぐのに対し、大学の学部卒業者で700万円を超えるのは3割程度にとどまっている。[1]

キヤノンは、採用においての入社説明会に出席できる学生を「大学名を基準に、細かく限定する」方式を設定していることが学歴差別であるという報道が存在する。その報道に掲載されている時点では東京大学早稲田大学慶応大学上智大学東京外国語大学横浜国立大学といった、ごく一部の大学を「有名大学」としており、それ以外の大学を対象とした日時は満席となっており、「有名大学以外」の学生は参加不可能としている[2]

韓国[編集]

韓国も日本と同様に、低学歴者を軽侮し、高学歴者を崇敬する社会風潮が根深く、就職活動においては高学歴が有利な方向へ働く[3]。それ故に、大学受験の競争も熾烈であり、大学受験は「親も門の前で試験終了を待つ」程の熾烈さになっている。

アメリカ[編集]

アメリカは日本以上に学歴社会であり、学歴による差別が日本よりも顕著である。

名門大学に進学するための競争が毎年行われており、ハーバード大学スタンフォード大学といった名門大学の倍率は20倍以上にも達する。卒業する際には大学生活において培った実力(または、大学生活によらずとも生まれながらにして有した優れた実力)を求められるため、ここに「名門大学出身者は実力も持っている」といった前提が生まれ、名門大学出身者が崇敬される反面、学歴差別が起こりがちなのである。

しかし、アメリカにはアメリカン・ドリームといった思想が存在し、これは、アメリカ独立宣言において「Pursuit of Happiness」(幸福の追求)のことを指すが、「何人(なんぴと)も差別されず幸福を追求できる」ことが極めて広く人権意識として浸透している[要出典]

脚注[編集]

関連項目[編集]