宇佐川秀次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: 案内検索

宇佐川 秀次郎(うさがわ しゅうじろう、嘉永2年(1849年) - 明治14年(1881年))は、明治期の大蔵官僚。銀行学伝習所学頭を務めた。は義温。従六位

経歴

長州藩に生まれ、旧姓藤山という。万延2年正月に宇佐川義方の養子となる。明治3年7月に慶應義塾に入学(証人山口藩知事、父兄の名宇佐川半兵衛)。卒業後の明治5年6月10日大蔵省紙幣寮奉職、次いで紙幣寮の八等出仕、4月銀行学局開設、5月副長となり簿記担当。1875年(明治8年)には国立銀行などから自費通学生を募集することとなり、その年の7月に生徒の多くが紙幣寮に採用されると、銀行学局は廃止されることとなり、銀行課内に翻訳掛を新たに設け、生徒の教育と翻訳が委嘱された。明治9年銀行学局は廃止され、明治10年12月、銀行学伝習所が開設されると学頭に就任。丹吉人、小林雄七郎遠藤敬止ら慶應義塾の同窓と共に初期の大蔵省を牽引した。

著書

  • 銀行実験論』国立国会図書館近代デジタルライブラリー

参考文献