宇喜多秀保

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
 
宇喜多秀保
時代 江戸時代中期
生誕 宝永3年(1706年
死没 寛保3年2月3日1743年2月26日
別名 通称:孫九郎
戒名 秀彰院寂誉静念居士
氏族 宇喜多氏
父母 父:宇喜多秀親、母:イクノ
マス(庄之助の娘)、マス(奥山正能の娘)
岩(宇喜多秀徳の室)、孫助(孫九郎)
養子:秀徳

宇喜多 秀保(うきた ひでやす)は、江戸時代中期の人物。宇喜多秀親嫡男。母は地役人菊池正武の娘イクノ。

生涯[編集]

宝永3年(1706年)、八丈島に配流された大名・宇喜多氏の嫡家(宇喜多孫九郎家)の嫡男として生まれる。

父秀親の没後、家督を継承。

百姓庄之助の娘マスを娶り、娘ユワ(岩)をもうけるも離縁。その後、社務奥山正能の娘マスを娶り、嫡男孫助(孫九郎)をもうける。

孫助の夭逝により、浮田秀真の長男秀徳婿養子に迎える。

寛保3年(1743年2月3日死去、享年38。

参考文献[編集]

  • 立石定夫『戦国宇喜多一族』(新人物往来社、1988年、絶版)ISBN 978-4-404-01511-2
  • 近藤富蔵 『八丈実記 第1巻-第7巻』 緑地社、1964-1976。