宇喜多秀美

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宇喜多秀美
時代 江戸時代 後期
生誕 生年不詳
死没 天保11年11月6日1840年11月29日
別名 通称:半六、孫九郎
戒名 覚了院法誉性達居士
氏族 宇喜多氏
父母 父:浮田継了、母:不詳
養父:宇喜多秀徳
兄弟 秀道秀美、浮田福三郎、浮田仙之助、浮田仙吉、浮田留助、浮田留次郎、浮田作吉、浮田清太郎、浮田民五郎、ハナミヤ、クスイリ(ヒラ)、トシ、ナカ、シマ、セキ
ヤス宇喜多秀徳の娘)、モト
秀邑秀監

宇喜多 秀美(うきた ひでみ)は、江戸時代中期から後期の人物。浮田半六家の当主浮田継了の次男。

生涯[編集]

八丈島の宇喜多7家の1つ、浮田半六家の当主継了の次男として生まれる。

父・継了の死後、宇喜多本家(孫九郎家)の家督を継いだ兄・秀道にかわり、浮田半六家を継ぐ。

後に、兄・秀道から本家の家督を譲られ、宇喜多孫九郎を名乗る。

天保11年(1840年)11月6日死去。

参考文献[編集]

  • 立石定夫『戦国宇喜多一族』(新人物往来社、1988年、絶版)ISBN 978-4-404-01511-2
  • 近藤富蔵 『八丈実記 第1巻-第7巻』 緑地社、1964-1976。