安倍克巳

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安倍 克巳(あべ かつみ、1895年明治28年)1月4日[1][2] - 1939年昭和14年)8月2日[1][2])は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。「安部」と表記される場合がある[2][3]

経歴[編集]

大分県出身[1][2][3]高等小学校熊本陸軍地方幼年学校陸軍中央幼年学校を経て、1916年(大正5年)5月、陸軍士官学校(28期)を卒業[1][2][4]。同年12月、砲兵少尉に任官し重砲兵第4連隊付となる[1][4]1920年(大正9年)11月、陸軍砲工学校高等科を卒業[1]1924年(大正13年)11月、陸軍大学校(36期)を卒業し教育総監部に配属された[2][3][5]

1926年(大正15年)12月、教育総監部砲兵監部員となる[1]陸軍野戦砲兵学校教官、フランス駐在を経て、1931年(昭和6年)8月、砲兵少佐に昇進[1]。独立山砲兵第3連隊付、同連隊大隊長、参謀本部員を経て、1935年(昭和10年)3月、砲兵中佐に進んだ[1]

1937年(昭和12年)3月、関東軍参謀となり、同年8月、兵科航空兵に転じ航空兵中佐、1938年(昭和13年)3月、航空兵大佐に昇進した[1][3]1939年(昭和14年)3月、飛行第15戦隊長に就任[1][2][3]ノモンハン事件の勃発により第2飛行集団に配置され参戦し、1939年8月に戦死して陸軍少将に進級した[1][2][3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 『日本陸海軍総合事典』第2版、4頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『日本陸軍将官辞典』31頁。
  3. ^ a b c d e f 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』399頁。
  4. ^ a b 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』388、399頁。
  5. ^ 『日本陸海軍総合事典』第2版、4、575頁。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。