安倍順貞

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安倍 順貞(あべ じゅんてい、 - 延宝4年5月10日(1676年))は、江戸時代の医師、600石の旗本。通称は長徳院。

経歴[編集]

阿部勘兵衛良長(徳川義直家臣)の子。祖父は阿部仁右衛門良成(荒木村重家臣で摂津国大和田城主・1万石)。順貞の代より、家号の「阿部」を本姓の「安倍」に復する。養子に侍医安倍瑞屯

寛永18年(1641年)、徳川家綱侍医に列し、廩米400俵を賜う。

寛永19年(1642年)、法印に叙位。

正保2年(1645年)、200石加恩され、武蔵国大里郡に600石を知行する。