安否情報

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近代日本で安否情報をテレビで実施したのは、平成5年8月に起きた鹿児島県での86水害が初めてであり、MBC南日本放送が夜9時代の放送を途中で打ち切り、特別番組に切替え携帯電話の普及も少ない中寄せられた、安全であることの情報を居住地と氏名を

一晩中放送し続けたのが、おそらく世界初の報道であった。そのときNHKは牛歩戦術で空転する国会中継を垂れ流していた。

安否情報(あんぴじょうほう)は、NHK地震台風災害など、甚大な被害が確認される自然災害が発生された場合に、テレビラジオで被災者から・全国から被災者へのメッセージを放送する番組である。デジタル放送のEPGではニュース・報道として分類される。1964年新潟地震の際に、福島県会津地方から来た修学旅行生の無事を伝えるために、引率の小学校の教員からの依頼でその安否をラジオ放送したのが始まりだとされる[1]

ニッポン放送でも、大規模地震対策特別措置法制定をきっかけに1978年から同様の趣旨で、ビル単位(協定を結んでいる有楽町・丸の内・大手町・新宿地区のビル・地下街230件が対象)での安否情報を伝える「お勤め先安否情報」を、1981年から東京都・神奈川県の学校単位(私立・国立大学付属の小・中・高等・特別支援学校が対象)での安否情報を伝える「学校安否情報」を、毎年9月1日(模擬放送)と首都圏で大規模災害が発生し『災害特別放送』に移行した際に放送する[2]

概要[編集]

NHKのコールセンター[3]の職員が受け付けた、被災者からの無事情報と全国からの被災者への安否連絡の依頼を、NHK教育テレビジョンNHK-FM放送の放送でアナウンサーが読み上げるという仕組みである。2004年新潟県中越地震からはNHK教育テレビジョン・NHK BS1のデータ放送でも、その一部[4]が配信され、検索することができるようになった。

受け付けた情報は東京のNHK放送センター・大阪のNHK大阪放送局にある専用サーバに送られてまとめられ、放送やJ-anpi・Google Person Finder英語版などの提携サイトで利用される。なお放送やデータ放送で紹介される安否情報はコールセンターに寄せられた情報のみである。提携サイトから得た安否情報は内容の正確性が保障できず、またNHKでは責任が持てないため紹介しない[1][5]

放送内容[編集]

具体的な例としては『(本人の居住地住所)、(受付申し出のあった本人の氏名)さんから(相手氏名の居住地住所)、(相手の氏名)さんへ、(「無事です。連絡ください」、「心配しています。連絡ください」などといったメッセージ)』がアナウンサーにより伝えられる。

問題点[編集]

共通の問題点としては[1]

  • 被災者からの無事情報が少なく、全国から被災者への安否連絡依頼のほうが多い。
  • 目的の人物の安否情報がどのタイミングで放送されるか分からないため、分かるまで番組を視聴し続けないといけないため、無駄な時間が多くなる。
  • データ放送でも確認することがでるが、実際にはデータ放送の使用方法が分からない人が多い。
  • 放送時間の問題やデータ放送の容量制限があり、全ての安否情報を紹介しきれない。阪神・淡路大震災ではおよそ1/3、東日本大震災ではおよそ2/3が放送できなかった。
  • 広域災害ではコールセンターが設置されている地域の交通機関も停止するため、初動時にコールセンターのスタッフを大量に確保することが難しい。

また個別の事例としては[1]

  • 新潟県中越地震では、実在するタレント・漫画の登場人物・偽名を使った悪戯情報も含まれた。
  • 消防署員を装い、安否連絡依頼が放送された女性を狙った振り込め詐欺未遂事件も発生した。
  • 広範囲で通信規制がかけられたため電話が繋がりづらく、被災者・全国からコールセンターに安否情報を伝えるのが難しかった。
  • 一部の避難所に、安否情報を書いたカードを写真に撮ってメールで送ることができる「携帯電話を利用した安否伝言ポスト」を設置したが、説明が不十分でなおかつ無人運用であったため、利用が32件しかなかった。

実際の対応[編集]

阪神・淡路大震災[編集]

1995年に阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生した時に、教育テレビとFMを使って、視聴者・リスナーから、被災地に在住する家族・親族などに情報伝達をする手段として、1月17日の発生直後から教育テレビでは合計158時間45分、FMでは合計126時間30分にわたり放送された。特に関西地方向けでは、同日13:30頃より連続136時間(日数にして5日半)にわたって断続的にそれを行った。教育テレビはラジオ第2などと同様、基本的に番組編成の差し替えは行わず定時通りに放送されるのが原則だが、数日間にわたる定時放送の休止・差し替えはこの例が初めてであり、FMもこれと同様だった。受け付けた無事情報と安否連絡依頼は累計54,612件に達した[1]

新潟県中越地震[編集]

2004年10月23日新潟県を中心とした地震(新潟県中越地震)でも、「阪神」と同様に教育テレビとFMで、同日19:20頃から安否情報が放送された。NHKのアナウンサーが約15分おきの交代で(次々と入れ替わる)担当するかたちで、10月25日午前1時までの延べ29時間40分連続放送した後、25日10時からも、通常編成を大幅に変更して再開した。教育テレビでは25日20:45までの合計40時間15分、FMは26日2:30までの合計48時間45分にわたって放送し終了した。受け付けた無事情報と安否連絡依頼は累計17,102件に達した。

このほか、地上デジタル放送BSデジタル放送データ放送では「個人メール情報」として、合計52時間10分にわたり安否情報を放送した。しかし、24日午後には、寄せられた情報が大量のため処理が追いつかず、最新情報の更新がしばらくできなくなった[1]

東日本大震災[編集]

2011年3月11日東北地方茨城県を中心とした地震(東日本大震災)では、18時から安否情報の受け付けがはじまり、18時45分から教育テレビ(地上デジタル放送ではデータ放送で安否情報検索サービスも実施)・FMともに52時間46分にわたって安否情報が放送された[6]。さらに、同年3月14日5:00以降、18日まで[7]は前者2波に加え、BS2でも放送された。放送時間は1回につき40分間で担当のアナウンサーも前半・後半の2人体制となった[8]。その後、避難所にいる避難者名簿の紹介や外国語[9]による安否情報なども放送された。なお、教育テレビとBS2ではBS1専用のニューススタジオから放送される生活関連情報(20分間)を交えて放送されてた。地震発生から1ヶ月間で受け付けた無事情報と安否連絡依頼は累計約31,000件で、そのうち約1万件を放送した[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 村上圭子「東日本大震災・安否情報システムの展開とその課題」、NHK放送文化研究所編『放送研究と調査 2011年6月号』NHK出版
  2. ^ ニッポン放送解説委員 森田耕次日本災害情報学会 廣井賞 2012年授賞式・受賞記念講演」日本災害情報学会、2012年10月28日
  3. ^ 通常時は、NHKのコールセンターである「NHKふれあいセンター」として稼働。関連会社のNHKサービスセンターが運営を受託。
  4. ^ データ放送の規格上、データ容量に上限があるため。
  5. ^ 斎藤聡・佐々木紀夫「安否情報設備の更新整備」、『放送技術 2013年6月号』兼六館出版
  6. ^ 放送センター内の会議室に仮設のスタジオを設けて行なわれた。
  7. ^ 各県庁からの避難者名簿公開と、その避難者情報放送開始に伴い、18日で放送終了。
  8. ^ 担当のアナウンサーはアナウンス室、日本語センター出向、NHKグローバルメディアサービス出向を問わず交代で担当。
  9. ^ NHKワールド・ラジオ日本の外国語ニュース担当のアナウンサー。

関連項目[編集]