安岐真人

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安岐真人
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県
生年月日 (1945-01-11) 1945年1月11日(73歳)
身長 158cm
体重 55kg(現役時)
血液型 B型
競艇選手情報
所属 香川支部
登録番号 1864
登録期 16期
特徴 自在
選手実績
デビュー日 1964年5月
選手引退日 2005年4月
記念優勝 27回
SG優勝 5回
GI優勝 22回
通算優勝 77回
通算勝率 6.78
通算勝利 出走8600回2123勝
主要獲得タイトル
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安岐 真人(あき まさと、1945年1月11日[1][2] - )は、香川県小豆郡土庄町出身[2]の元ボートレーサー

登録番号は1864。なお、兄の安岐義晴と娘の安岐奈緒子も元ボートレーサーである。

経歴・人物[編集]

1945年1月11日香川県小豆郡土庄町に生まれる[2]香川県立土庄高等学校を卒業後、地方公務員として岡山県玉野市の職員となるが、仕事が面白くなく、出世の見込みもないことから見切りをつけ、兄の義晴の勧めを受け競艇選手を志すようになった[3]。3か月の養成期間を経て、1964年5月に丸亀競艇場でデビュー[4]。初出走で1着となると2走目も連勝し、さらに最終日の優勝戦を優勝した[4][† 1]。デビューから1年でA級に昇級した。

やがて安岐は香川県を代表する競艇選手と評されるようになり、その存在は徳島県のエース格の中道善博とよく比較されていた。しかし引退間際まで若手の壁に君臨し続けた中道に比べると内弁慶的なムラっ気があり、中道との対戦は安岐の一方的な負け越しであった。安岐は大レースの優勝戦での2着が多かったことから「万年2位の名人」「無冠の艇王」などと呼ばれた時期もあった[6]。初めてSGを制したのは1988年住之江競艇場で行われた笹川賞競走。この時のインタビューでアナウンサーから「それは涙ですか、汗ですか」と問われた際に「汗です、目から汗が出た。」と高見山大五郎の名台詞を引用したコメントを残している。この年は賞金王決定戦もを制し安岐時代が来ると思われていた。

しかし翌年1989年11月11日児島競艇場転覆事故を起こして大怪我[† 2]を負い、5か月の欠場を余儀なくされた[7]その後も1990年6月に鳴門競艇場でプロペラが顔面を直撃して1か月間欠場、9月に丸亀競艇場で左足を負傷し骨折・靭帯切により3か月間欠場と欠場が相次いだ[8]。その後の安岐は、低迷と好調のムラっ気が続く事になる。

1996年日本ダービー著名人予想対決と呼ばれるスポーツ紙の企画(競艇界からはこの他植木通彦今村豊も参加)に中道と共に出演した安岐は、中道同様に本命・フサイチコンコルドを推す。しかし、安岐は全く競馬の知識はなく、フサイチコンコルドを選んだ理由に「優勝だから縁起がいい」と言う理由からで、中道の「前走の阪神の短い直線で見せた切れ味のすごさは、府中でさらに効果がある」と正反対であった。

2005年4月にSG5勝(SG優出32回)、GI22勝を含む77回の優勝を果たし引退した。生涯獲得賞金額は、16億8906万2544。 [† 3]通算2123勝。[† 4]

現在はその功績を称え、ホームプールであった丸亀競艇場では安岐真人杯争奪瀬戸の大魔神大賞を年に1度開催している。

引退後は「しばらくは競艇界の垢を落としたい」と言って、中道のように目立った評論家活動はしていないが、一時期には、デイリースポーツに「魔人参上!!」というコラムを不定期に掲載していた。

2007年(平成19年)、ボートレースの殿堂入りを果たした。[† 5]

エピソード[編集]

  • パンチパーマのヘアスタイルに、人を射抜くような大きな瞳。そして口ひげの風貌から畏怖をこめて通称を「瀬戸の大魔神」(「魔神」とは名前の「真人」の音読みに引っかけたものであるという)・「不動の水上要塞」・「闘将[9]と呼ばれていた。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 安岐は優勝に気分を良くしたが、全国モーターボート競走会連合会の幹部に「お前が勝ったんのと違うからな。エンジンが勝ったんだからな。勘違いするなよ」と釘を刺されたという[5]
  2. ^ 後続艇のプロペラに巻き込まれた安岐は顔面に裂傷を負い、左足膝の骨が砕け、さらに左手に裂傷を負い、親指の中指の骨を折った[7]。この負傷は再起不能の可能性もあると囁かれるほどであった[7]
  3. ^ 四国新聞社 SHIKOKU NEWS 元競艇選手・安岐真人さん
  4. ^ 四国新聞社 SHIKOKU NEWS 競艇の安岐真人選手(香川)が引退
  5. ^ ボートレース大村 六十周年記念

出典[編集]

  1. ^ 蛭子能収『競艇入門』、ポケットブック社、1992年11月、P159。
  2. ^ a b c 木村1992、66頁。
  3. ^ 木村1992、66-67頁。
  4. ^ a b 木村1992、67頁。
  5. ^ 木村1992、67-68頁。
  6. ^ 木村1992、68頁。
  7. ^ a b c 木村1992、70頁。
  8. ^ 木村1992、70-71頁。
  9. ^ 蛭子1992、159頁。

参考文献[編集]

  • 蛭子能収 『競艇入門』 ポケットブック社〈Pocket book 38〉、1992年。ISBN 978-4-341-14038-0。
  • 木村幸治 『水上の格闘者たち』 講談社1992年。ISBN 978-4-06-204715-9。

関連項目[編集]