安彦考真

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安彦 考真 Football pictogram.svg
名前
愛称 アビ
カタカナ アビコ タカマサ
ラテン文字 ABIKO Takamasa
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-02-01) 1978年2月1日(41歳)
出身地 神奈川県相模原市
身長 175 cm[1]
体重 74 kg[1]
選手情報
在籍チーム 日本の旗 Y.S.C.C.横浜
ポジション FW[1]
背番号 41
利き足 左足[2]
ユース
新磯高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
グレミオ・マリンガ
JSSC
CFE
ブレッサ相模原
南FC
2017 エリースFC東京
2018 水戸ホーリーホック 0 (0)
2019- Y.S.C.C.横浜
1. 国内リーグ戦に限る。2019年1月22日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

安彦 考真(あびこ たかまさ、1978年2月1日 - )は、神奈川県相模原市出身のサッカー選手、指導者。

来歴[編集]

幼少期からサッカーに親しみ、麻布大学附属渕野辺高等学校(現・麻布大学附属高等学校)のセレクションには合格したものの推薦入学が叶わず、弱小高の神奈川県立新磯高等学校に進学[3]。どうしてもプロになりたかったため、新聞配達で渡航費を貯めて3年生の時にブラジルに留学、劣悪な環境の中でもブラジル人のサッカーで食っていくんだという気合いを実感する[4]。一旦復学し卒業後に再度ブラジルに渡り、グレミオ・マリンガとの契約を果たす。しかし、リーグ戦開幕直前に前十字靱帯を断裂して帰国[5]。専門学校を経てエドゥーの元で選手兼コーチ兼通訳として活動するも、清水エスパルスサガン鳥栖の入団テストに不合格になったこと、エドゥーが日本代表スタッフに入ったことを契機に一旦は引退する[5]

引退後は指導者に転身し、グレミオなどのコーチなどを務めた。また、2003年から2004年まで大宮アルディージャの通訳を務めた。

その後、中央高等学院の総監督兼講師を始めた頃の経験から一念発起し、再びプロ選手(Jリーガー)として活動する道を模索[6]。アマチュアのブレッサ相模原や南FC(双方とも神奈川県リーグ)でのプレーを経て、2017年8月にそれまでの全ての仕事を無料化して、関東1部エリースFC東京へ入団[7]。同年10月の第53回全国社会人サッカー選手権大会にも出場した[8]。エリースFC東京入団と前後して、クラウドファンディングで遠征やトレーニングのための資金を募る活動も始めた。

そして2018年1月から水戸ホーリーホックに練習生として参加。2018年3月31日に正式契約の発表が行われた[1]。しかし公式戦の出場は天皇杯も含め1試合も無く、シーズン終了後に契約満了による退団が発表された[9]

2019年、Y.S.C.C.横浜へ完全移籍[10]。2019年3月10日に行われた開幕節・ガイナーレ鳥取戦(ニッパツ三ツ沢球技場)に後半37分から出場、ジーコの持っていたJリーグ最年長初出場記録(40歳2ヶ月13日)を上回る41歳1ヶ月9日でのJリーグデビューとなった[11]

選手歴[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017 A東京 41 関東1部 - -
2018 水戸 J2 0 0 - 0 0 0 0
2019 YS横浜 J3 - -
通算 日本 J2 0 0 - 0 0 0 0
日本 J3 -
日本 関東1部 - -
総通算

指導歴[編集]

  • 1998年 グレミオ・マリンガ U-12コーチ
  • 1999年 - 2000年 JSSC コーチ
  • 2001年 - 2003年 CFE コーチ・通訳
  • 2003年 - 2004年 大宮アルディージャ 通訳

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]