完全な遊戯

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
完全な遊戯
著者 石原慎太郎
イラスト 装幀:前川直
発行日 1958年3月31日
発行元 新潮社
ジャンル 短編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本 紙装
Portal.svg ウィキポータル 文学
[ Wikidata-logo-en.svg ウィキデータ項目を編集 ]
テンプレートを表示

完全な遊戯』(かんぜんなゆうぎ)は、石原慎太郎短編小説1957年(昭和32年)、雑誌『新潮』10月号に掲載され、翌年1958年(昭和33年)3月31日に新潮社より単行本刊行された。同名のタイトルの映画作品(太陽族映画)も1958年(昭和33年)11月に公開された。

なお、小説は「精神疾患のある女性を男たちが拉致監禁し、輪姦殺害する」という内容であるが、映画は原作である小説とは内容が大きく異なっている。

あらすじ[編集]

雨が降る夜中のドライブ中、バス停に立っている女を、主人公・礼次とその友人・武井が駅まで送ると騙し拉致して車中で輪姦する。彼らは彼女を礼次の別荘監禁拘束し、なおも輪姦は続く。

途中、女が精神疾患を抱えていること、どうやら精神病院から抜け出てきたらしいということが分かるが、彼らは仲間を5人呼び、輪姦させる。

女を熱海女郎屋に売り飛ばすことにも失敗した彼らは、女が面倒になり、懇ろに語るふりをして彼女を連れ出し、最後にはから突き落として殺す。そこで主人公が一連の出来事の総括をつぶやく。

作品評価・解釈[編集]

『完全な遊戯』は、精神障害の女性を陵辱して殺すというその内容が、あまりにも反道徳的だと発表当時弾劾されたが、それと同時に文学的な面から擁護する作家や評論家もいた[1]。なお、『処刑の部屋』とともに2010年(平成22年)の東京都青少年の健全な育成に関する条例改正でも石原都知事のこの作品が問題になった。

佐古純一郎は、「もういいかげんにしたまえと叫びたいほどのものである。君たちはこういう小説が書けることに[注釈 1]若さの特権を誇っているのかもしれないが、いったい人間というものを少しでも考えてみたことがあるのか。石原はどこかで自分の文学は人間復活の可能性の探求だとうそぶいていたが、作家としての良心を失っていないのなら、少しは自分の言葉に責任を持つがいいのだ」と怒りを露わにしている[2]

平野謙は、〈完全な遊戯〉という題名を作者・石原が思いついた時、「ニヤリとほくそえんだかもしれぬ」と述べ、以下のように批判している[3]

作者はすでに昨日の流行でしかないドライ派の青年どもをラッしきたって、残酷を残酷とも思わぬ彼らの完全に無目的な行動を描破したつもりらしい。私はこういう作品をマス・コミセンセーショナリズムに毒された感覚の鈍磨以外のなにものでもない、と思う。美的節度などという問題はとうに踏みこえている。私はこの作者の『処刑の部屋』や『北壁』には感銘したものだが、あの無目的な情熱につかれた一種充実した美しさは、ここでは完全にすりへらされ、センセーショナリズムのワナに落ち込んだ作者の身ぶりだけがのこっているにすぎない。 — 平野謙「文芸時評」[3]

江藤淳は、「果たして〈完璧〉という観念に人間的なものがあるか。石原氏がここで試み、成功したのは、この観念のほとんど厳粛な空虚さを、抽象化された運動の継起のなかに象徴しようとすることである。〈純粋行為〉がとらえられればよい」と述べている[4]

三島由紀夫は、『完全な遊戯』に集中した「文壇の悪評」に対し、「日本の批評はどうしてかうまで気まぐれなのであるか」と異議を唱え、『太陽の季節』から『処刑の部屋』へと読み進んだ読者にとり、『完全な遊戯』はその「透明結晶の成就」で「筆致は澄んでゐる」とし、作品の性質は、「抽象的な美しさ」に集中している「モダン・バレエのやうなもの」と評しながら、「ここには肩怒らした石原氏はゐず、さはやかな悪徳の進行に化身してゐる。一連の汚ならしい暴行輪姦が、透明な流れのやうにすぎる。ここには自分の方法をちやんとした芸術の方法に高めた石原氏がゐるのである」と考察し[5]、その作品構成を以下のように説明している[5]

感情の皆無がこの作品の機械のやうな正しい呼吸韻律を成してゐる。相手は狂女であり、こちらには無頼の青年たちがゐる。一瞬の詠嘆の暇もなしに、行為は出会ひから殺人まで進む。しかも人物の間には、狂女のそこはかとない情を除いては、感情の交流は少しもないのである。(中略)そのために狂女は純粋な肉になり、かうした暴行にお誂へ向きの存在になり、青年たちに「完全な遊戯」を成就させるわけであるが、「完全な遊戯」を望んだ青年たちと、それを理想的に成就させた女との間には、何ら感情の交流はないのに、一種完璧な対応関係があつて、そこにこの小説の狙ひがあることに気づかなければ、ただの非人道的な物語としてしか読まれない。 — 三島由紀夫「解説」(『新鋭文学叢書8・石原慎太郎集』)[5]

そして、『完全な遊戯』の主眼は、「青年たちと女との、不気味な照応の虚しさ」であるとし、三島は以下のように解説している。

おとなしい狂女が純粋な肉にすぎずその内部が空洞にすぎないことは、青年たちのがむしやらな行動の虚妄と無意味とを象徴してゐる。青年たちはのかへらぬ洞穴へ向つて叫び、水音のしない井戸へむかつてを投ずるのと同じことで、最後にそのやうにして女は「片附け」られる。しかも最後まで、青年たちは自分の心の荒廃へ、まともに顔をつきあはせることがない。このやうな無倫理性は、「太陽の季節」のモラリストが、早晩到達しなければならぬものであつた。(中略)石原氏は、倫理真空状態といふものを実験的に作つてみて、そこで一踊り踊つてみる必要があつた。その踊りは見事で、簡潔なテンポを持つてをり、今まで誰も踊つてみせなかつたやうな踊りなのであつた。「完全な遊戯」は、人々が見誤つたのも尤もで、小説といふよりは的な又音楽的な作品なのである。それは対立ではなく対比を扱つてゐる。 — 三島由紀夫「解説」(『新鋭文学叢書8・石原慎太郎集』)[5]

また、『完全な遊戯』発表から13年後、文芸評論家・古林尚と三島の対談において、古林が、「石原慎太郎が『完全な遊戯』を出したとき、三島さんが、これは一種の未来小説で今は問題にならないかもしれないけれど、十年か二十年先には問題になるだろう、と書いていたように記憶していますが…」と問うと、三島は以下のように答えながら、カトリック的な絶対者の概念や的なものへの信仰が崩れてしまうと、「エロティシズム」もなくなり、石原が作中で描いたような虚しい頽廃的セックスだけしか残らないと論じている[6]

あれは今でも新しい小説です。白痴の女をみんなで輪姦する話ですが、今のセックスの状態をあの頃彼は書いていますね。ぼくはよく書いていると思います。ところが文壇はもうメチャクチャにけなしたんですね。なんにもわからなかったんだと思いますよ。あの当時、皆、危機感を持っていなかった。そして自由解放だなんていうものの残り滓がまだ残っていて、人間を解放することが人間性を解放することだと思っていた。ぼくは、それは大きな間違いだと思う。人間性を完全にそうした形で解放したら、殺人が起こるか何が起こるかわからない。つまり現実に起こる解放というものは全部相対的なもので、スウェーデンであろうがどこの国であろうが、ルスト・モルト(快楽殺人)というものは許されない、人間が社会生活を営む以上は、そういう相対的な解放のなかでは、セックスというものは絶対者に到達しない。 — 三島由紀夫(古林尚の対談)「三島由紀夫 最後の言葉」[6]

秋山大輔は、上記のような三島の『完全な遊戯』評から、「(三島は)人間が思考を止めて、欲望のみで行動する時代の到来を石原の小説から眺めていたのかもしれない。現代の社会情勢。セックスの低年齢化や、性犯罪の多様化、ドメスティック・バイオレンスの横行を三島は予見していた、極論かもしれないが、『完全な遊戯』の評論は、的を得ているのかもしれない」と述べている[7]

中森明夫は、『完全な遊戯』に対する三島の作品評を踏襲する形で構成などを考察しながら、「これは石原文学の最高峰であることは間違いない」と述べ[8]、100年、200年後に石原慎太郎という名や存在が忘却される時代が来たとしても、「必ずこの作品だけは生き残る」と断言したいとし、「『完全な遊戯』は日本語で書かれた短編小説の最高傑作である」と賞讃しつつ、以下のように解説している[8]

『完全な遊戯』は未来小説とも実験作とも称されたが、考えてみれば、この物語のなかで描かれている蛮行はいつでもどこでも現実に起こりうるものではなかったか。いや、21世紀の今日に生きる我々は、既に頻発する少女拉致監禁事件や、あるいは1980年代末の女子高生コンクリート詰め殺人事件として件の小説と酷似する事態が現実化していたことを知っている。(中略)『処刑の部屋』の非道なエピソードもまた、近年、世を騒がせた大学生サークルによるスーパーフリー事件としてすぐに誰もが想起するだろう。こんな衝撃的な事件とそっくりの物語を、はるか半世紀も前に執筆していたというのは、作家の想像力によるものか、(中略)いや、単に当時の若い“太陽族”作家が、おそらく自分の周りで起こる不良少年たちの蛮行をいささかデフォルメして書き留めたにすぎないのかもしれない。そう、ちょっとしたチンピラ話を一丁“小説”にでもでっち上げただけなのだと。そして、そう思わせるところが、石原慎太郎という作家の真の“才能”の恐ろしさでもある。 — 中森明夫「解説―石原慎太郎の墓碑銘」[8]

映画[編集]

完全な遊戯
監督 舛田利雄
脚本 白坂依志夫
原作 石原慎太郎
出演者 小林旭芦川いづみ
音楽 河辺公一真鍋理一郎
撮影 横山実
編集 辻井正則
製作会社 日活
配給 日活
公開 日本の旗 1958年11月12日
上映時間 93分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

『完全な遊戯』(日活)1958年(昭和33年)11月12日封切。

あらすじ[編集]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 「君たち」というのは、瀬戸内晴美の『花芯』と一緒に唾棄しているからである。

出典[編集]

  1. ^ 栗原裕一郎豊崎由美『石原慎太郎を読んでみた』(原書房、2013年)
  2. ^ 佐古純一郎「文芸時評」(産経時事 1957年9月14日に掲載)
  3. ^ a b 平野謙「文芸時評」(新潮 1957年10月号に掲載)
  4. ^ 江藤淳「『完全な遊戯』について」、『石原慎太郎論』(作品社、2004年)に所収。
  5. ^ a b c d 三島由紀夫「解説」(『新鋭文学叢書8・石原慎太郎集』)(筑摩書房、1960年)。三島由紀夫『石原慎太郎氏の諸作品』(『美の襲撃』)(講談社、1961年)に所収。
  6. ^ a b 三島由紀夫古林尚の対談)「三島由紀夫 最後の言葉」(図書新聞 1970年12月12日、1971年1月1日掲載)。『三島由紀夫 最後の言葉 新潮CD 講演』(新潮社、2002年)
  7. ^ 秋山大輔「三島由紀夫石原慎太郎三島由紀夫研究会メルマガ
  8. ^ a b c 中森明夫「解説―石原慎太郎の墓碑銘」(『石原慎太郎の文学9 短篇集I』(文藝春秋、2007年)
  9. ^ 映画com.

参考文献[編集]

関連項目[編集]