宍戸大全

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ししど だいぜん
宍戸 大全
本名 宍戸 邦博 (ししど くにひろ)
生年月日 (1929-11-24) 1929年11月24日(89歳)
出生地 福島県
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
職業 スタントマン俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1956年 - 2012年

宍戸 大全(ししど だいぜん、1929年11月24日 - )は、日本スタントマン俳優福島県出身。本名は宍戸 邦博(ししど くにひろ)。映画テレビドラマ吹き替えで活躍した。

来歴・人物[編集]

1948年(旧制)福島県立保原中学校 (福島県立保原高等学校) 卒業。

オリンピック選手を目指し日本体育大学に進学するが、練習中に左アキレス腱を痛めてしまい、メルボルンオリンピックへの夢を断念。卒業後は秋田の高校の体育教師として生活していた。

1956年、知人の推奨で大映に入社し、長谷川一夫市川雷蔵などスターの吹き替えを担当した。1961年、当時五社協定時代ながら、岡田茂社長(当時)に引き抜かれて東映に移り[1]映画・テレビ問わず端役や吹き替えで出演。 春日太一は、「1962年に公開された市川雷蔵主演の『忍びの者』で、日本初のスタントマンである宍戸大全が、自衛隊のレンジャー部隊に倣って忍者のアクションを考案した」と話している。[2]

1970年にフリーとなり、特技スタッフとして数多くの時代劇作品に参加した。

1973年4月から、大学の後輩でもある千葉真一が率いるジャパンアクションクラブ (JAC) と業務提携していた。

1990年佐賀県嬉野温泉の時代型テーマパーク肥前夢街道の開業に伴い、園内施設及び「はがくれ忍者屋敷」を建設段階から総合プロデュース。開業後しばらく「はがくれ忍者屋敷」を宍戸大全アクションチームとして忍者ショーを行った。

2012年春に引退。

アクションチームは、一番弟子の森山陽介が後を継いで活動している。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 必殺シリーズ(ABC / 松竹)
    • 新・必殺仕置人
      • 第17話「代役無用」(1977年) - 久六
      • 第40話「愛情無用」(1977年) - 又八
    • 必殺商売人
      • 第5話「空桶で唄う女の怨みうた」(1978年) - 酔っ払いの男
      • 第26話「毒牙に噛まれた商売人」(1978年) - 参造
    • 翔べ! 必殺うらごろし 第22話「死人が教えた金のありか」(1979年) - き樵り

脚注[編集]

  1. ^ 土橋亨『嗚呼!活動屋群像 ―化石になんかなりたくない―』開発社、2005年、p197
  2. ^ 2018年11月17日三重県伊賀市において三重大学の忍者・忍術講座の中で『時代劇における忍者像の変遷』と題して講演した。

関連項目[編集]