宣如

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宣如

慶長9年2月22日 - 万治元年7月25日
1604年3月22日 - 1658年8月23日

上段・旧暦宣明暦) 下段・グレゴリオ暦
幼名 長麿
法名 宣如
愚渓
院号 東泰院
光従
尊称 宣如上人
宗旨 浄土真宗
宗派 (後の、東本願寺系諸派)
大谷祖廟

宣如(せんにょ)は、江戸時代初期の浄土真宗東本願寺第十三代法主[1]


生涯[編集]

年齢は、数え年。日付は文献との整合を保つため、いずれも旧暦(宣明暦)表示を用いる(生歿年月日を除く)。また正式名称は「本願寺」だが、「西本願寺」との区別の便宜上、以下の文中ではとくに断りの無い限り「東本願寺」と表記する。

  • 慶長9年2月22日[2](1604年3月22日)、東本願寺第十二代 教如の第12子(三男)として生まれる。
    • 長兄尊如、次兄観如の早世により、法嗣(法主後継者)となる。
  • 慶長19年(1614年10月5日、教如の示寂により東本願寺を継承し、第十三代となる。
  • 寛永18年(1641年)、徳川家光から寄進された土地に、石川丈山に庭園を作らせ隠居所(現、渉成園)とする。
  • 承応2年(1653年)12月、退隠し、次男・琢如に法主を譲る。
  • 万治元年7月25日(1658年8月23日)、55歳にて示寂。

脚注[編集]

  1. ^ 正式には「本願寺」。一般には通称である「東本願寺」と呼称するので、「東本願寺第十三代法主」と表記した。
  2. ^ 『日本仏家人名辞書』(光融館、1903年)350頁