宮崎 (川崎市)

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宮崎
宮崎台駅前
宮崎の位置(神奈川県内)
宮崎
宮崎
宮崎の位置
北緯35度35分35.77秒 東経139度35分10.61秒 / 北緯35.5932694度 東経139.5862806度 / 35.5932694; 139.5862806
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
宮前区
面積
 • 合計 1.274km2
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 23,259人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
216-0033[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

宮崎(みやざき)は、神奈川県川崎市宮前区町名。現行行政地名は宮崎一丁目から宮崎六丁目と大字宮崎。住居表示はいずれも未実施区域[5]郵便番号は216-0033[3]。面積は1.274km2[1]

地理[編集]

宮前区の北東端にあり、北東側で高津区に接する。旧宮前村(みやさきむら)の中心部に位置するが、東急田園都市線開通前は交通の不便さから、のどかな農耕地帯が残っていたという。東急田園都市線の開通後、急速に宅地化し、現在は一戸建て住宅やマンションの立ち並ぶ住宅街となっている。

馬絹(まぎぬ)で矢上川に合流する、矢上川の支流の小川を谷として、その両側の斜面及び頂上の台地部分によって構成される。そのため、他の宮前区内と同様に坂が非常に多い。主な坂としては、

などがある。

近年日本電気(NEC) 研究所のあった敷地が、「宮崎さくらの丘公園」という名で住宅地として再開発されている。

面積[編集]

面積は以下の通りである[1]

大字丁目 面積(km2
宮崎 0.324
宮崎一丁目 0.153
宮崎二丁目 0.193
宮崎三丁目 0.207
宮崎四丁目 0.081
宮崎五丁目 0.134
宮崎六丁目 0.182
1.274

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、宮崎1丁目12番34外の地点で30万8000円/m2となっている。[6]

歴史[編集]

この地域には旧来「宮崎」の名は存在しなかった。宮崎の名ができたのは、1951(昭和26)年。梶ケ谷馬絹土橋有馬のうち軍用地として接収されていた地が農地解放された際、新たな大字として成立した[7]。このとき、後述のように「宮崎小学校」から「宮崎」という名が付けられた。その後、いくつかの町域が分離されるなどもあり、残りが宮崎及び宮崎1丁目から6丁目となって現在に至っている。また、軍用地に接収された時代は住民はいなかったが、その前後はのどかな農耕地帯であり、自然を多く残していたようである。劇的な変化が訪れたのは、1966(昭和41)年。東急田園都市線が開通し、東京のベッドタウンとして急速に都市化、人口が増加し、現在の住宅地が形成される。

地名の由来[編集]

宮崎の名は、旧宮前村(みやさきむら)に由来する。 1889年(明治22年)に、野川・馬絹・土橋・梶ヶ谷・有馬の5村と溝口村飛地が合併した。この時、新村の村名は、村の中央に近い、女体権現社(現:馬絹神社)の前にある「宮ノ前」(みやのまえ)地区に置かれたことから、「宮前村(みやさきむら)」と名付けられた。その後1938年(昭和13年)、川崎市に宮前村が吸収された際、宮前村の名は消滅した。また、この時に村(馬絹)にあった「尋常高等宮前小学校」は、川崎市内に既に在った「尋常川崎宮前小学校」(現川崎市立宮前小学校、川崎区宮前町)と名称が重なるため、「川崎市宮崎尋常高等小学校」と名を改められた。(その後、1941年(昭和16年)に「川崎市宮崎国民学校」、1947年(昭和22年)に「川崎市立宮崎小学校」と改称)。1951年(昭和26年)、太平洋戦争中接収を受けたこの地域が農地解放時に新地域として成立する際に、当地に宮前村があったことにちなみ、「宮崎小学校」の名から「宮崎」という名が付けられた。

年表[編集]

  • 1889(明治22)年4月1日 - 町村制施行により、橘樹郡宮前(みやさき)村の一部となる。
  • 1938(昭和13)年10月1日 - 宮前村が川崎市に編入される。
  • 1951(昭和26)年 - 農地解放された馬絹などの一部が「宮崎」として成立。
  • 1966(昭和41)年 - 東急田園都市線開通、宮崎台駅開業。一部が鷺沼に分離される[7]
  • 1969(昭和44)年 - 一部が梶ケ谷に編入される。
  • 1971(昭和46)年 - 一部が神木に分離される[7]
  • 1972(昭和47)年 - 宮崎土地区画整理事業により、宮崎の一部をもって宮崎1丁目~6丁目宮前平1丁目~3丁目、土橋1丁目が成立[8]
  • 1972(昭和47)年4月1日 - 川崎市の政令指定都市移行に伴い、高津区宮崎ほかとなる。
  • 1975(昭和50)年 - 一部が小台に分離される[7]
  • 1976(昭和51)年 - 一部が土橋に編入される。
  • 1982(昭和57)年7月1日 - 宮前区分区により宮前区宮崎ほかとなる。

催事[編集]

  • 宮崎さくら祭り - 毎年4月第1日曜日、宮崎台駅南口・駅前桜通り一帯

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

大字丁目 世帯数 人口
宮崎 2,601世帯 5,304人
宮崎一丁目 1,849世帯 3,746人
宮崎二丁目 2,400世帯 4,623人
宮崎三丁目 1,783世帯 3,910人
宮崎四丁目 379世帯 1,206人
宮崎五丁目 952世帯 2,047人
宮崎六丁目 998世帯 2,423人
10,962世帯 23,259人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9][10]

大字・丁目 番地 小学校 中学校
宮崎 67~100番 川崎市立梶ヶ谷小学校 川崎市立宮崎中学校
101~180番
251~299番
川崎市立西梶ヶ谷小学校
その他 川崎市立宮崎台小学校 川崎市立宮前平中学校
宮崎一丁目 全域
宮崎二丁目 全域
宮崎三丁目 全域
宮崎四丁目 全域
宮崎五丁目 全域
宮崎六丁目 全域 川崎市立富士見台小学校

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

  • 国道246号
  • 尻手黒川道路 - 地域内を通らないが、近隣にあり住民に利用される。
  • 宮崎台駅周辺には駐車場が少なく駅のすぐ近くにある宮崎第一公園の周りは8時から20時まで駐車禁止になっていない部分は、駐車車両が多い。

施設[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表”. 川崎市. 2018年2月15日閲覧。
  6. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  7. ^ a b c d 角川日本地名大辞典 14 神奈川県」 竹内理三編、角川書店、1984年、P852。
  8. ^ 町界町名の改正について 川崎市、2010年11月22日現在(2011年9月4日閲覧)。
  9. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  10. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。