宮脇町 (高松市)

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宮脇町
みやわきちょう
—  町丁  —
宮脇町の位置(高松市中心部内)
宮脇町
宮脇町
宮脇町の位置(高松市内)
宮脇町
宮脇町
宮脇町の位置(香川県内)
宮脇町
宮脇町
座標: 北緯34度20分1秒 東経134度2分4秒 / 北緯34.33361度 東経134.03444度 / 34.33361; 134.03444
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Kagawa Prefecture.svg 香川県
市町村 Flag of Takamatsu, Kagawa.svg 高松市
地区 本庁地区
新設 1914年大正3年)5月1日
面積
 - 計 1.262363km2 (0.5mi2)
最高部 208.1m (683ft)
最低部 2.5m (8ft)
人口 (2010年10月1日現在)[1]
 - 計 4,620人
 - 人口密度 3,659.8人/km² (9,478.8人/mi²)
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 760-0005
市外局番 087
ナンバープレート 香川

宮脇町(みやわきちょう)は、香川県高松市中心部の町丁郵便番号は760-0005。全域が住居表示に関する法律に基づく住居表示実施地区[2]で、一丁目〜二丁目が存在する。

地理[編集]

高松市役所より1.5km、高松市中心部の南西に位置し、北は県道33号高松善通寺線、北部寄りの西はJR高徳線、同じく東は県道172号川東高松線によって区切られ、その他の方向は石清尾山(標高232.43m)や稲荷山(標高166m)などの石清尾山塊に面している。町のほぼ中心に高松の氏神である石清尾八幡宮が位置し、その他町内の多くは高松市の中心市街地外縁に広がる住宅密集地であり、下町型の閑静な住宅街を形成している。また、香川大学にも隣接しているため、学生用の安価なアパートも多い。町内における道路網は、目抜き通りとして八幡通りと市道浜ノ町宮脇線(北進大学通りへ接続)があり、その他は多くが区画整理や宅地造成によって整備された道路であるため区画整然としているが、香川大学南部の一部は自然発生的に成立した狭隘な生活道路が残っている。

2010年国勢調査による人口は4620人(男2161人/女2459人)、世帯数は2459世帯、面積は126万2363m2、人口密度は3659.8人/km2[1]。公立小学校中学校校区は全域が亀阜小学校紫雲中学校に属している[3]

町内における都市計画法に基づく用途地域県道33号高松善通寺線沿いが容積率300%、建ぺい率80%の近隣商業地域、市道浜ノ町宮脇線沿いのうち北部及び石清尾八幡宮裏山付近を除くJR高徳線沿線はの第一種住居地域、市道浜ノ町宮脇線沿いのうち南部及び県道172号川東高松線沿いは第二種中高層住居専用地域、それ以外は第一種中高層住居専用地域で、いずれも容積率は200%、建ぺい率は60%である。また、石清尾山山地の部分とその山麓の石清尾八幡宮や墓地の部分は、一般・環境保全型(山地部)の用途白地地域(特定用途制限地域)で容積率は80%、建ぺい率は50%である[4]

南部の多くはその石清尾山塊の山地となっており、西部の摺鉢谷(すりばちだに)と呼ばれる峡谷は摺鉢谷川を発し、高松市の中心市街地西部を貫流している。また、明治時代までは現在の二丁目8番、15番、29番から市営姥ヶ池墓地にかけて姥ヶ池(ばあがいけ)と呼ばれるが存在したが、以後徐々に埋め立てられ、戦後にかけては完全に埋め立てられて宅地化している。石清尾山塊の山麓一帯は市営摺鉢谷墓地、紫雲墓地、姥ヶ池墓地からなる広大な墓地として利用されている。

河川[編集]

  • 摺鉢谷川

隣接する町丁[編集]

歴史[編集]

1914年大正3年)5月1日、高松市へ合併した香川郡宮脇村の大字宮脇の区域を以って新設された。

町名は、宮脇町新設以前の区域における大字名を引き継いだもので、地名の由来は当地に位置する石清尾八幡宮の脇の地域であることの意[5]

1930年昭和5年)、東部の一部が九番丁及び十番丁として分立。その後、1934年(昭和9年)〜1941年(昭和16年)にかけては宮脇町土地区画整理事業が施工され一部が区画整理されたほか、1945年(昭和20年)7月4日未明にはアメリカ軍による無差別絨毯爆撃高松空襲」を受け、町内の東部を中心に多くが灰燼に帰した。空襲で壊滅的な被害を受けた高松市中心部では大部分で土地区画整理事業戦災復興土地区画整理事業)が施行され、宮脇町も北東部がその第三工区として区画整理の対象となった。この区画整理によって現在の八幡通りと市道浜ノ町宮脇線(北進大学通りへ接続)、県道172号川東高松線を始めとした幹線道路や多くの街路が新設・拡幅された。この第三工区における区画整理事業の完工となる換地処分は1970年(昭和45年)5月19日である。

1958年(昭和33年)、一部を八番町へ編入のうえ、一部に一丁目〜二丁目を設置。1964年(昭和39年)と1966年(昭和41年)にも他の一部に一丁目〜二丁目が設置されたことによりほぼ全域に○丁目が設置されている。また1966年(昭和41年)、それと同時に一部が亀阜町、西宝町一丁目〜三丁目へ編入され、逆に中野町の一部が一丁目〜二丁目に編入された。その後も、1968年(昭和43年)に一部が番町一丁目〜四丁目へ、1970年(昭和45年)に宮脇町及び一丁目の各一部が番町五丁目へ、1971年(昭和46年)に一部が昭和町一丁目〜二丁目、紫雲町及び幸町へ編入された[6]

主要施設[編集]

掲載順は住居表示による街区符号・住居番号

宮脇町一丁目[編集]

宮脇町二丁目[編集]

  • 高松市立宮脇保育所
  • 市営姥ヶ池東墓地
  • 銀星テニスクラブ
  • 紫雲公園
  • 宮脇町第1ちびっこ広場公園
  • 市営宮脇町姥ヶ池墓地
  • 市営紫雲墓地
  • 市営宮脇町団地
  • 国民宿舎栗林山荘
  • 高松美山ホテル
  • 市営石清尾団地
  • 高松市民病院
  • 市営住宅旭ヶ丘団地
  • 市営摺鉢谷墓地

脚注[編集]

  1. ^ 2012年8月31日(営業最終日)をもって本店営業部へのブランチインブランチとなった。2014年を目途に完全統合され、名実共に廃店となる予定。ATMは「宮脇町一丁目出張所」として残る。
  2. ^ 2014年3月に建て替えのため一時閉店。別棟の酒コーナーのみ営業継続。
  3. ^ 2011年11月25日(営業最終日)をもって八本松支店へ統合された。ATMのみ残る。

参考文献[編集]

  1. ^ a b 平成22年国勢調査、小地域集計、37香川県”. 総務省統計局(e-Stat) (2012年12月11日). 2014年2月8日閲覧。
  2. ^ 住居表示について”. 高松市都市計画課. 2010年4月17日閲覧。
  3. ^ 高松市小・中学校区一覧表 (PDF)”. 高松市学校教育課 (2010年5月1日). 2014年2月24日閲覧。
  4. ^ 都市計画マップ 用途地域 宮脇町付近”. 高松市広聴広報課. 2014年2月22日閲覧。
  5. ^ 高松市史編集室著 『高松地名史話 箆原五ケ荘このかたの地名をさぐる』 高松市役所、1961年8月。
  6. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典37 香川県』 角川書店、1985年9月、785頁。ISBN 978-4-04-001370-1。
  7. ^ 宮脇町出張所の店舗移転に関するご案内

関連項目[編集]