寒サク

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寒浞(かんさく)は古代中国の人物。王朝を一時期簒位した。

はじめは寒后伯明に仕えていたが、后羿こうげいしょう[1]に対する反乱と侵略によって夏王朝が衰微した際にその配下となり、重臣として用いられた。のちに寒浞は后羿を殺害して自らが王として立った[2]。后羿の妻で美女として知られていた玄妻げんさいを奪って妻とし、また后羿の子息たちには后羿の遺体を煮たものを食べるように命じ従わぬ者を死罪にしたとされる[3]

伝説ではその後、寒浞が引き継いだ后羿の有窮国は夏の遺臣たちと少康(相の息子にあたる)によって滅ぼされ、夏王朝が復するに至ったとされる。

参考文献[編集]

寒浞を題材にした小説[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 夏王朝の5代目の王。寒浞によって殺害されたとされる。
  2. ^ 市村瓚次郎 『東洋史統』1巻 冨山房 1940年 50頁
  3. ^ 袁珂 著、鈴木博 訳 『中国の神話伝説』下巻 青土社 1993年 21-23頁 ISBN 4-7917-5222-8

関連項目[編集]

  • 逢蒙 別の伝説において羿を殺害したとされる人物。