小堀正徳

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小堀正徳
時代 江戸時代後期
生誕 不明
死没 文政9年3月8日1826年4月14日
改名 織田長恵(初名)→小堀正徳
別名 通称:中務
幕府 江戸幕府旗本
主君 徳川家斉
氏族 織田氏(信雄系高長流)→小堀氏
父母 父:織田信憑、養父:小堀邦明
兄弟 織田信守織田信存正徳、織田長衆、悌、律ら5男4女
養兄弟:織田信応
正芳

小堀 正徳(こぼり まさのり)は、江戸時代後期の旗本通称は中務。

生涯[編集]

丹波国柏原藩4代藩主・織田信憑の三男として誕生した。初名は織田長恵。

京都代官・小堀邦明の養子となる。小堀家は600石の旗本であり、京都代官職を世襲していた。役料は1000石であった。文化元年(1804年)8月2日に邦明が死去し、同年11月3日家督を相続する。文政5年(1822年)5月6日に隠居し、息子の正芳に家督を譲る。

文政9年(1826年)3月8日、死去。