小川記正

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おがわ きせい
小川 記正
別名義 小川 正 おがわ ただし
生年月日 1906年
没年月日 不詳年
出生地 北海道
職業 脚本家小説家映画プロデューサー
ジャンル 映画小説テレビ映画
活動期間 1930年 - 1977年

小川 記正(おがわ きせい、1906年[1] - 没年不詳[2])は、日本の脚本家小説家映画プロデューサーである。1950年(昭和25年)以降、映画の脚本を小川 正(おがわ ただし)の名で書いたが、後年のテレビ映画では「記正」に戻した[3]

人物・来歴[編集]

1906年(明治39年)、北海道札幌市に生まれる[1]

20代のころは松竹蒲田撮影所演出部で助監督を務め、25歳になる1931年(昭和6年)、短篇映画『真夜中商売』を監督したが、同作は公開されなかった。1932年(昭和7年)、新興キネマ現代劇部に移籍し、多くのオリジナル脚本が採用された。1938年(昭和13年)、東宝映画東京撮影所(現在の東宝スタジオ)で渡辺邦男監督に3本の脚本を提供した。1943年(昭和18年)、小説を発表[2]

第二次世界大戦後、1948年(昭和23年)からプロデューサーに転向、松竹大船撮影所佐々木康監督の『噂の男』、同じく大庭秀雄監督の『颱風圏の女』、1949年(昭和24年)、マキノ正博(のちのマキノ雅弘)が設立したCAC(シネマ・アーチスト・コーポレーション)でマキノ監督の『盤嶽江戸へ行く』、島耕二監督の『今日われ恋愛す』全2篇、1950年(昭和25年)には「小川プロダクション」名義で野村浩将監督の『与太者と天使』等をプロデュースした。同年、京阪映画で自ら脚本を書き、12年ぶりに監督した『決闘の河』を自ら製作、同作は東宝が配給して同年11月25日に公開された[4]

1952年(昭和27年)からは「小川正」と改名し、東映京都撮影所を中心に脚本に専念した。1965年(昭和40年) - 1977年(昭和52年)の長きにわたって、テレビ映画特別機動捜査隊』の脚本を「小川記正」名義で量産した[3]

フィルモグラフィ[編集]

松竹蒲田撮影所[編集]

  • 『ちょっと出ました三角野郎』 : 監督佐々木恒次郎、1930年 - 原作
  • 『真夜中商売』 : 1931年 - 監督

新興キネマ[編集]

  • 肉弾三勇士』 : 監督石川聖二、1932年 - 原作・脚本
  • 『征けよ我が子』 : 監督川浪良太、1932年
  • 『草笛を吹きつゝ』 : 監督清涼卓明、1932年 - 原作・脚本
  • 彼女の運命』 : 監督高見貞衛、1932年
  • 『水上制覇のかげに』 : 監督松石修、1932年 - 原作・脚本
  • 『まぼろしの母』 : 監督清涼卓明、1932年 - 原作・脚本
  • 『銃後の勝利』 : 監督田中重雄、1933年 - 原作・脚本
  • 『大学の人気者』 : 監督渡辺新太郎、1933年 - 原作・脚本
  • 『花嫁選手』 : 監督川手二郎、1933年
  • 『その夜の花婿』 : 監督渡辺新太郎、1933年 - 原作・脚本

東宝映画東京撮影所[編集]

  • 『将軍の孫』 : 監督渡辺邦男、1938年
  • 『青春野球日記』 : 監督渡辺邦男、1939年
  • 『鉄の兄弟』 : 監督渡辺邦男、1939年

フリーランス[編集]

東映京都撮影所[編集]

小川正
  • 『乙女の本能 ボート8人娘』 : 監督阿部豊、東映東京撮影所、1952年
  • 『鞍馬天狗 疾風雲母坂』 : 監督萩原遼、1953年
  • 『女難街道』 : 監督渡辺邦男、1953年
  • 『玄海の鰐』 : 監督小杉勇、東映東京撮影所、1953年
  • 『死の追跡』 : 監督鈴木英夫、東映東京撮影所、1953年
  • 快傑黒頭巾』 : 監督河野寿一、1953年
  • 『この太陽 第一部 暁子の巻・第二部 多美枝の巻』 : 監督小杉勇、東映東京撮影所、1954年
  • 『疾風愛憎峠』 : 監督佐々木康、1954年
  • 新諸国物語 笛吹童子 第一部 どくろの旗』 : 監督萩原遼、1954年
  • 新諸国物語 笛吹童子 第二部 幼術の闘争』 : 監督萩原遼、1954年
  • 新諸国物語 笛吹童子 第三部 満月城の凱歌』 : 監督萩原遼、1954年
  • 美男天狗党』 : 監督内出好吉松竹京都撮影所、1954年 - 原作
  • 『霧の小次郎 第一部 金龍銀虎』 : 監督佐伯清、1954年
  • 『霧の小次郎 第二部 魔術妖術』 : 監督佐伯清、1954年
  • 『霧の小次郎 完結篇 三日月童子』 : 監督佐伯清、1954年
  • 『東尋坊の鬼』 : 監督志村敏夫、新東宝、1954年
  • 『三日月童子 第一篇 剣雲槍ぶすま』 : 監督小沢茂弘、1954年
  • 『三日月童子 第二篇 天馬空を征く』 : 監督小沢茂弘、1954年
  • 『三日月童子 完結篇 万里の魔境』 : 監督小沢茂弘、1954年
  • 怪人二十面相 第一部 人か魔か?』 : 監督弓削進、松竹大船撮影所、1954年
  • 怪人二十面相 第二部 巨人対怪人』 : 監督弓削進、松竹大船撮影所、1954年
  • 怪人二十面相 第三部 怪盗粉砕』 : 監督弓削進、松竹大船撮影所、1954年
  • 新諸国物語 紅孔雀 第一篇』 : 監督萩原遼、1954年
  • 青銅の魔人 第一部』 : 監督穂積利昌、松竹大船撮影所、1954年
  • 青銅の魔人 第二部 謎の夜光時計』 : 監督穂積利昌、松竹大船撮影所、1955年
  • 新諸国物語 紅孔雀 第二篇 呪いの魔笛』 : 監督萩原遼、1955年
  • 青銅の魔人 第三部 恐怖の天守閣』 : 監督穂積利昌、松竹大船撮影所、1955年
  • 新諸国物語 紅孔雀 第三篇 月の白骨城』 : 監督萩原遼、1955年
  • 新諸国物語 紅孔雀 第四篇 剣盲浮寝丸』 : 監督萩原遼、1955年
  • 青銅の魔人 完結篇 決闘獅子ケ島』 : 監督穂積利昌、松竹大船撮影所、1955年
  • 新諸国物語 紅孔雀 完結篇 廃墟の秘宝』 : 監督萩原遼、1955年
  • 侍ニッポン 新納鶴千代』 : 監督佐々木康、1955年
  • 『百面童子 第一篇 ギヤマンの秘密』 : 監督小沢茂弘、1955年
  • 『百面童子 第二篇 サタンの窟』 : 監督小沢茂弘、1955年
  • 『百面童子 第三篇 バテレンの宴』 : 監督小沢茂弘、1955年
  • 『百面童子 完結篇 イスラムの女王』 : 監督小沢茂弘、1955年
  • 『男一匹』 : 監督並木鏡太郎、新東宝、1955年
  • 『元禄名槍伝 豪快一代男』 : 監督芦原正、松竹京都撮影所、1955年
  • 『夕焼童子 第一部 出羽の小天狗』 : 監督小沢茂弘、1955年
  • 『夕焼童子 第二部 暁の槍騎隊』 : 監督小沢茂弘、1955年
  • 『忍術三四郎』 : 監督小沢茂弘、東映東京撮影所、1955年
  • 『忍術左源太』 : 監督深田金之助、1956年
  • 『無法街』 : 監督小沢茂弘、東映東京撮影所、1956年
  • 『冒険時代劇 日輪太郎』 : 監督松村昌治、1956年
  • 『日輪太郎 完結篇 蛇地獄の怪人』 : 監督松村昌治、1956年
  • 『南海の若武者物語 風雲黒潮丸』 : 監督深田金之助、1956年
  • 『続風雲黒潮丸 まだら狼』 : 監督深田金之助、1956年
  • 『地下鉄三四郎』 : 監督津田不二夫、東映東京撮影所、1956年
  • 『存じ快傑黒頭巾 神出鬼没』 : 監督深田金之助、1956年
  • 『やくざ大名』 : 監督佐々木康、1956年
  • 少年探偵団 第一部 妖怪博士』 : 監督小林恒夫、東映東京撮影所、1956年
  • 少年探偵団 第二部 二十面相の悪魔』 : 監督小林恒夫、東映東京撮影所、1956年
  • 『浅草三四郎』 : 監督津田不二夫、東映東京撮影所、1956年
  • 『若獅子大名』 : 監督伊賀山正光、1953年
  • 『若獅子大名 完結篇』 : 監督伊賀山正光、1953年
  • 『喧嘩社員』 : 監督津田不二夫、東映東京撮影所、1957年
  • 『無敵社員』 : 監督津田不二夫、東映東京撮影所、1957年
  • 少年探偵団 かぶと虫の妖奇』 : 監督関川秀雄、東映東京撮影所、1957年
  • 少年探偵団 鉄塔の怪人』 : 監督関川秀雄、東映東京撮影所、1957年
  • 『雪姫七変化』 : 監督伊賀山正光、1957年
  • 『雪姫七変化 完結篇』 : 監督伊賀山正光、1957年
  • 少年探偵団 二十面相の復讐』 : 監督石原均、東映東京撮影所、1957年
  • 少年探偵団 夜光の魔人』 : 監督石原均、東映東京撮影所、1957年
  • 『「笑え勘平」より 消えた短剣』 : 監督津田不二夫、東映東京撮影所、1957年
  • 富士に立つ影』 : 監督佐々木康、1957年
  • 『「笑え勘平」より 摩天楼の秘密』 : 監督津田不二夫、東映東京撮影所、1957年
  • 『忍術御前試合』 : 監督沢島忠、1957年
  • 『素っ飛び笠』 : 監督内出好吉、1958年
  • 『少年猿飛佐助』 : 監督河野寿一、1958年
  • 『少年猿飛佐助 牢獄の姫君』 : 監督河野寿一、1958年
  • 『少年猿飛佐助 天空の白馬』 : 監督河野寿一、1958年
  • 少年探偵団 透明怪人』 : 監督小林恒夫、東映東京撮影所、1958年
  • 少年探偵団 首なし男』 : 監督小林恒夫、東映東京撮影所、1958年
  • 『殿さま弥次喜多 怪談道中』 : 監督沢島忠、1958年
  • 快傑黒頭巾』 : 監督松村昌治、1958年
  • 『いろは若衆 ふり袖ざくら』 : 監督佐々木康、1959年 - 原作
  • 『唄しぐれ千両旅』 : 監督大西秀明、1959年 - 原作・脚本
  • 少年探偵団 敵は原子潜航挺』 : 監督若林栄二郎、東映東京撮影所、1959年
  • 『唄ごよみ出世双六』 : 監督山崎大助、1959年
  • 『姫君一刀流』 : 監督隅田朝二、1959年 - 原作
  • 快傑黒頭巾 爆発篇』 : 監督松村昌治、1959年
  • 『拳銃を磨く男 あの女を探せ』 : 監督伊賀山正光、東映東京撮影所、1959年
  • 『拳銃を磨く男 呪われた顔』 : 監督伊賀山正光、東映東京撮影所、1960年
  • 『拳銃を磨く男 深夜の死角』 : 監督伊賀山正光、東映東京撮影所、1960年
  • 『危うし! 快傑黒頭巾』 : 監督松村昌治、1960年
  • 『神田祭り 喧嘩笠』 : 監督マキノ雅弘、1960年
  • 『赤い影の男』 : 監督伊賀山正光、東映東京撮影所、1961年
  • 『赤い影の男 高速三号線を張れ』 : 監督伊賀山正光、東映東京撮影所、1961年
  • 『逆襲の街』 : 監督佐藤肇、東映東京撮影所 / ニュー東映、1961年
  • 『ちゃりんこ街道』 : 監督内出好吉、1953年

テレビ映画[編集]

ビブリオグラフィ[編集]

国立国会図書館蔵書[2]

  • 『兵と母』、昭和教学社、1943年
  • 『租界進駐』、新正堂、1943年
  • 『奴隷船』、新正堂、1949年

[編集]

  1. ^ a b 『キネマ旬報』1958年10月上旬号
  2. ^ a b c OPAC NDL 検索結果、国立国会図書館、2009年11月19日閲覧。
  3. ^ a b 全文検索 検索結果、テレビドラマデータベース、2009年11月19日閲覧。
  4. ^ 決闘の河日本映画データベース、2009年11月19日閲覧。