小松恒夫

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小松 恒夫(こまつ つねお、1925年6月30日 - 2000年12月8日)は、日本の評論家、元朝日新聞記者。

来歴[編集]

長野県南安曇郡倭村氷室(現・松本市)生まれ。旧制松本中学(現・長野県松本深志高等学校)を経て松本高等学校 (旧制)理科乙類を卒業後、東京大学理学部物理学科中退、同文学部国文科卒業。1952年朝日新聞社入社、「週刊朝日」記者、科学部次長、「週刊朝日」編集長を経て、1974年教育雑誌『のびのび』を創刊、1978年の休刊まで編集に参加した。1980年『百姓入門記』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。1988年日野市教育委員。

著書[編集]

  • 百姓入門記 農山漁村文化協会 1979.12 のち朝日文庫
  • 教科書を子どもが創る小学校 新潮社 1982.6 改題「教科書のない小学校」
  • ぼくはなぜヒマワリなのかな さ・え・ら書房 1982.6
  • こよみのはなし さ・え・ら書房 1985.3 (人間の知恵)
  • 羊も鳩も、ぼくらの教科書 宮崎総子共著 新潮社 1988.3

参考[編集]