小林智

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小林 智(こばやし さとし、1974年 - )はフランスギャロシャンティイ調教場調教師千葉県出身[1]。既婚者で妻はフランス人

来歴[編集]

日本大学理工学部[1]を卒業後、北海道のコアレススタッド[2]で5年間牧場勤務[1]し、日本中央競馬会厩務員試験を受験するも不合格だった[2]

2002年フランスへ渡り[1]ジョン・ハモンド英語版厩舎で3年間調教助手を務め[3]、次いでリチャード・ギブソン厩舎所属のアシスタントトレーナーを務め[1][3]2006年9月よりミケル・デルザングル厩舎所属の調教助手を務めた。フランス語は現地でフランス語学校に通うなどして習得した。

2008年7月に日本人として初めてフランスギャロの調教師試験に合格[1][3]し、調教師免許を取得した。厩舎の開業までは引き続きデルザングル厩舎で調教助手を務め[3]、同年凱旋門賞に出走するためにデルザングル厩舎に滞在したメイショウサムソン陣営をアシストした[1][2]

2009年、調教師免許を交付され厩舎を開業した。初出走は6月28日吉田照哉所有のSoyokazeが[2]クリストフ・ルメールを背に[2]Prix de Labouretに出走、結果は最下位[2](11着)。

2010年7月24日、The DIVINEで初勝利[4](ヴィシー競馬場、フランク・ブロンデル騎手、2400メートル[2]ハンデ戦)。

おもな管理馬[編集]

2011年は凱旋門賞出走のために日本から遠征してきたヴィクトワールピサヒルノダムールを受け入れた[5][2]

2012年は凱旋門賞出走のために日本から遠征してきたオルフェーヴルと帯同馬のアヴェンティーノを受け入れた[6]

2018年、日本から遠征しメシドール賞を制したジェニアルが帰国せず移籍した[7]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 有吉正徳 (2009年2月16日). “競馬かわらVAN(リレーコラム)第39回 世界に羽ばたく日本人調教師” (日本語). JRA-VAN. 2011年10月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h オリジナルインタビュー 小林智調教師” (日本語). 競馬ラボ (2011年). 2012年2月1日閲覧。
  3. ^ a b c d 高橋悟史 (2008年8月22日). “サムソンに援軍!日本人初仏調教師合格男” (日本語). 日刊スポーツ. 2012年3月7日閲覧。
  4. ^ フランス初の日本人調教師初勝利” (日本語). トピックス. 競馬ラボ (2010年7月27日). 2012年2月1日閲覧。
  5. ^ ヴィクトなど日本馬4頭仏シャンティ到着” (日本語). 日刊スポーツ (2011年8月11日). 2011年10月9日閲覧。
  6. ^ オルフェーヴル号がフランスに到着”. 日本中央競馬会 (2012年8月26日). 2012年8月29日閲覧。
  7. ^ “ジェニアルはフランスに移籍、ラルクは仏で繁殖入り”. サンケイスポーツ. (2018年10月10日). http://race.sanspo.com/keiba/news/20181010/ove18101016080004-n1.html 2018年10月10日閲覧。 

関連項目[編集]