小林稔 (サッカー選手)

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小林 稔 Football pictogram.svg
名前
カタカナ コバヤシ ミノル
ラテン文字 KOBAYASHI Minoru
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1976-05-14) 1976年5月14日(43歳)
出身地 神奈川県綾瀬市綾西[1]
身長 170cm[2]
体重 62kg[2]
選手情報
ポジション DF[2]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2002 FC東京 11 (0)
監督歴
2019 ジュビロ磐田 (暫定)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

小林 稔(こばやし みのる、1976年5月14日 - )は、神奈川県綾瀬市綾西出身[1]のサッカー指導者、元プロサッカー選手。現在はジュビロ磐田のコーチ。現役時代のポジションはディフェンダー(主に右サイドバック[3])。

来歴[編集]

小学校2年生の時に兄の影響でサッカーを始める[1][4]桐光学園高校では1期下に酒井良、2期下に中村俊輔佐原秀樹が在籍。1995年国士舘大学へ進学し、サッカー部に所属。同期には熱田眞金沢浄鏑木享齋藤誠一富永英明らがおり、在部中の4年間に関東大学リーグ1部で3度、インカレで2度の優勝を達成[3]。個人としても日本大学選抜選出などの実績を残した。

しかし、1999年春の大学卒業時にプロからの内定を得ることが出来ず[1]JリーグFC東京の練習に練習生として参加し、6月に半年間の契約にこぎつけた[1]。その後は怪我に苦しみ[5]なかなかトップでの出場機会を得る事が出来なかったが、2001年シーズン終盤になり、内藤就行の退団や伊藤哲也の負傷といったDF陣の離脱が重なったこともあって、大熊清監督によって右SBに配されるようになった。翌2002年から新たに監督に就任した原博実も開幕スタメンの右SBに小林を起用し[6]レギュラーに定着しつつあったが、同年に移籍加入していた加地亮がチーム環境に慣れるにつれ、小林に替わって[7]右SBのポジションを掴んだため、小林は出場機会を失っていった。この年限りで戦力外となったものの[8]、クラブからはサブ暮らしの日が続いても基本を繰り返し大きな声を出して練習する姿勢[4][3]を長らく評価されており、現役引退後もFC東京の下部組織にてジュニアユース年代の育成を担当した[3]

2012年よりジュビロ磐田のコーチに就任[1]

2019年7月1日より、ヘッドコーチを務める[9]。同年8月14日、磐田監督の鈴木秀人が体調不良のため、天皇杯3回戦・ヴァンラーレ八戸戦で暫定的に指揮を執った[10]。翌15日、鈴木の監督退任に伴い、暫定的に監督業務を務めることが発表された[11]。J1第23節・ガンバ大阪戦では、前半15分にルキアンが累積警告で退場し、約75分を10人でプレーする事態になったが、途中投入した中山仁斗が後半ATのラストプレーでPKを獲得。中山がPKを成功させ、試合は1-1で引き分けた[12]。同試合の結果により、磐田は連敗を3でストップさせた[13]。同月20日より、フェルナンド・フベロが新監督に就任[14]したため、暫定監督業務を終えた。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1998 国士大 7 旧JFL 20 0 -
1999 FC東京 30 J2 0 0 0 0 0 0 0 0
2000 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2001 3 0 0 0 1 0 4 0
2002 17 8 0 1 0 0 0 9 0
通算 日本 J1 11 0 1 0 1 0 13 0
日本 J2 0 0 0 0 0 0 0 0
日本 旧JFL 20 0 -
総通算 31 0 1 0

指導歴[編集]

  • 2005年 - 2011年:FC東京
    • 2005年 - 2006年 普及部コーチ
    • 2007年 - 2008年 U-15深川コーチ
    • 2009年 - 2010年 U-15むさしコーチ
    • 2011年 U-15深川コーチ
  • 2012年 - ジュビロ磐田
    • 2012年 - 2019年6月 トップチームコーチ
    • 2019年7月 - 2019年8月 トップチームヘッドコーチ
      • 2019年8月 - 暫定監督(兼任)
    • 2019年8月 - トップチームコーチ[15]

監督成績[編集]

年度 クラブ 所属 リーグ戦 カップ戦
順位 勝点 試合 ルヴァン杯 天皇杯
2019 磐田 J1 18位 1 1 0 1 0 - ベスト16
通算 日本 J1 - - 1 0 1 0 - -
総通算 - - 1 0 1 0 - -
  • 2019年は暫定監督として8月に就任し、同月に退任。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g プロサッカーチーム「ジュビロ磐田」のコーチ 小林 稔さん 綾瀬市綾西出身 35歳 タウンニュース (2012年5月11日)
  2. ^ a b c d e f g 登録選手一覧表 Jリーグ 2002.12.06
  3. ^ a b c d FC東京U-15深川コーチ陣 (2011年版)”. 2011年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年10月2日閲覧。 FC東京
  4. ^ a b c 『FC東京ファンブック2002』毎日新聞社、2002年、48頁。
  5. ^ 『FC東京ファンブック2001』毎日新聞社、2001年、59頁。
  6. ^ 2002Jリーグ ディビジョン1 1stステージ 第1節第1日 Jリーグ (2002年3月2日)
  7. ^ 選手出場記録 Jリーグ (2002年8月17日)
  8. ^ 来季契約非更新選手について”. 2004年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月10日閲覧。 FC東京 (2002年12月2日)
  9. ^ “トップチームスタッフ体制について” (プレスリリース), ジュビロ磐田, (2019年7月2日), http://www.jubilo-iwata.co.jp/newslist/detail/?nw_seq=6777&year=2019&month=07 2019年7月2日閲覧。 
  10. ^ 天皇杯3回戦 vs. ヴァンラーレ八戸”. ジュビロ磐田. 2019年8月15日閲覧。
  11. ^ “鈴木 秀人監督 退任のお知らせ” (プレスリリース), ジュビロ磐田, (2019年8月15日), https://www.jubilo-iwata.co.jp/newslist/detail/?nw_seq=6853 2019年8月15日閲覧。 
  12. ^ G大阪、ラストプレーでPK献上…ひとり少ない磐田に終盤攻め込まれ手痛いドロー”. SOCCER DIGEST Web (2019年8月18日). 2019年8月20日閲覧。
  13. ^ 10人の磐田がラストプレーで同点PK。最下位からの反撃へ意地見せる”. FOOTBALL CHANNEL (2019年8月18日). 2019年8月20日閲覧。
  14. ^ “フェルナンド・フベロ監督就任について” (プレスリリース), ジュビロ磐田, (2019年8月19日), https://www.jubilo-iwata.co.jp/newslist/detail/?nw_seq=6860&year=2019&month=08&category=team 2019年8月20日閲覧。 
  15. ^ “登録役員追加・変更・抹消のお知らせ(2019/08/23)” (プレスリリース), J.LEAGUE.jp, (2019年8月23日), https://www.jleague.jp/release/post-59924/ 2019年8月23日閲覧。 

関連項目[編集]