小林豊 (実業家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
こばやし ゆたか
小林 豊
生誕 (1951-03-02) 1951年3月2日(66歳)

小林 豊(こばやし ゆたか、1951年3月2日 - )は、テレビ静岡代表取締役社長。

フジ・メディア・ホールディングスおよびフジテレビジョンの取締役(営業担当)。

愛称は「ブッチャー」「ぶーちゃん(ぶぅちゃん)」。

来歴・人物[編集]

静岡県清水市(現在の静岡市清水区)出身。

専修大学経営学部卒業。

大学在学中からテレビ局アルバイトを始め、卒業後はフジポニー(合理化で制作部門がない頃のフジテレビの直系制作会社)に入社。1980年にフジテレビが社内に制作部門を復活させることとなり、フジポニーを含む当時の直系制作会社がすべて同社へ吸収。それに伴い同社へ転籍。

1980年代、『オレたちひょうきん族』(前期)や『森田一義アワー 笑っていいとも!』のディレクターとして1987年10月2日まで担当し、番組開始から同日までは『テレフォンディレクター ブッチャー小林』名義で『テレフォンショッキング』のアシスタントとして出演した。

愛称『ブッチャー』は、プロレスラーアブドーラ・ザ・ブッチャーが由来である。特撮テレビドラマ『TVオバケてれもんじゃ』(1985年)ゲスト出演の頃から、『ぶーちゃん小林』に呼称が変更された。

その後、営業へ異動。営業職として活躍し、営業局長時代には『お台場明石城』に奉行の1人として出演した。

2005年6月、執行役員スポーツ局長となる。だが異動早々、同年7月に起きたジャニーズ事務所所属の人気グループ「NEWS」の当時18歳のメンバーフジテレビ女性アナウンサーとの飲酒事件で減俸処分を受けた[1]

2007年6月より、フジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)取締役。

2008年10月に新設されたフジテレビジョンの取締役を兼務する。

2009年5月14日に開かれたフジ・メディア・ホールディングス取締役会で、同社取締役を退任することが内定した[2]。同年6月、郷里のテレビ静岡代表取締役社長に就任した。

2011年7月23日7月24日放送の『FNS27時間テレビ』に、テレビ静岡チームの応援団として24年ぶりにメディア出演した。また、翌年7月21日7月22日放送の『FNS27時間テレビ』にも引き続き応援団として出演し、中継を介してタモリと再会した。

プロ野球選手山下大輔静岡県立清水東高等学校硬式野球部の同期生。自身は三塁手遊撃手の山下と三遊間を組んだが、1年の冬にケガのため退部した。

また、プロレスラー長州力は、1983年の『テレフォンショッキング』出演時に「彼と僕は大学の同級生なんです」と話があり、小林も「そうなんです。長州さんはレスリングばかりやってて、僕はバイト三昧でした」と振り返っていた。

担当番組[編集]

出演番組[編集]

  • 笑っていいとも! テレフォンショッキング(1982年10月4日 - 1987年10月2日)
  • TVオバケもんじゃ(1985年

脚注[編集]