小田切昌勝

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小田切昌勝
時代 江戸時代初期
生誕 元和4年(1618年
死没 正保元年10月13日1644年11月12日
別名 庄七郎[1]
戒名 宗珊[1]
主君 徳川秀忠徳川家光
氏族 小田切氏
父母 父:小田切昌直、母:野村清次郎の娘[1]
兄弟 昌勝、女子(小田切昌次養女)[1]
石原安昌の娘[1]
知義

小田切 昌勝(おだぎり まさかつ)は、江戸時代初期の武将徳川氏家臣

経歴・人物[編集]

元和5年(1619年)、2歳の時に家督を継ぎ小普請となる[1]。のち寛永12年(1635年大番に列す[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 寛政重修諸家譜』、巻第三百九十四。