小田治孝

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小田 治孝(おだ はるたか、文明4年(1472年) - 明応5年(1496年))は、常陸戦国大名小田氏の第13代当主。

兄弟に小田顕家、岡見義治、宇都宮興綱室、佐竹義篤室。義弟に小田政治がいる。子に岡見治資

小田成治の長子。弟の小田顕家が家督相続に不満を持ち、1496年、内紛を起こし、治孝は顕家に殺された。成治は養子小田政治を当主とし、顕家は追討され首を取られた。