居抜き内閣

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居抜き内閣(いぬきないかく)とは、内閣総理大臣が変わっても組閣において前内閣の閣僚の全員、またはほぼ全員を再任した内閣のことを指す俗称。

概要[編集]

居抜き」とは店舗・工場等を前の管理者がつけていた設備・家具などをそのまま使用することを指す[1]。首相就任者が前内閣の閣僚構成員をほぼそのまま使うことをこれになぞらえ、「居抜き内閣」という言葉が使われるようになった。

前内閣の方針を引き継ぐすることを印象付けるために行われることが多く、自由民主党政権下では前総理総裁が病気で退任してしまい、総裁公選を経ずに話し合いで総理総裁を選出した場合に行われることが多かった。

2007年平成19年)発足の福田康夫内閣の場合、安倍前内閣にて閣僚の政治資金問題が注目されたため、閣僚の政治資金問題の確認(いわゆる身体検査)を行う時間がないことを理由に多くの閣僚が再任になった。

一定期間が経過した後に大幅内閣改造や組閣によって自分自身の意思で新閣僚を選任し、自分の政策をアピールすることがある。

過去の居抜き内閣[編集]

過去の居抜き内閣
組閣年月日 居抜き内閣 閣僚人事 後の大幅改造等 前内閣
1921年11月13日
(大正10年)
高橋内閣 10閣僚再任/大蔵大臣は首相の高橋是清が兼任という形で再任
全10閣僚再任
220日後の1922年(大正11年)6月21日総辞職 原内閣
1957年2月25日
(昭和32年)
第1次岸内閣 15閣僚再任/外務大臣は首相の岸信介が兼任という形で再任
全16閣僚と官房長官[2]は全員再任
84日後に石井光次郎副総理で入閣
135日後の1957年(昭和32年)7月10日に内閣改造 石橋内閣
1964年11月9日
(昭和39年)
第1次佐藤内閣 18閣僚再任/官房長官[2]鈴木善幸から橋本登美三郎に交代
全18閣僚再任
206日後の1965年(昭和40年)6月3日に内閣改造 第3次池田内閣
2000年4月5日
(平成12年)
第1次森内閣 18閣僚再任/全18閣僚再任 090日後の2000年(平成12年)7月4日に第2次内閣として組閣 小渕内閣
2007年9月26日
(平成19年)
福田康夫内閣 13閣僚再任/官房長官を与謝野馨から町村信孝に交代
外務大臣を町村信孝から高村正彦に交代
防衛大臣を高村正彦から石破茂に交代
文科大臣を伊吹文明から渡海紀三朗に交代
(離任2人・横滑り2人・入閣2人)
他13閣僚再任
312日後の2008年(平成20年)8月1日に内閣改造 第1次安倍内閣
2010年6月8日
(平成22年)
菅内閣 11閣僚再任/官房長官を平野博文から仙谷由人に交代
財務大臣を菅直人から野田佳彦に交代
農水大臣を赤松広隆から山田正彦に交代
経済財政担当大臣を菅直人から荒井聰に交代
国家戦略担当大臣を仙谷由人から荒井聰に交代
行政刷新担当大臣を枝野幸男から蓮舫に交代
少子化担当大臣を平野博文[3]から玄葉光一郎に交代
(離任3人・横滑り1人・入閣5人)
他11閣僚再任[4]
101日後の2010年(平成22年)9月17日に内閣改造 鳩山由紀夫内閣
  • 閣僚人事の列は再任閣僚数の順にソートされる。組閣年月日の列のソートボタンで元の順序に戻る。

脚注[編集]

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  1. ^ 広辞苑1969年(昭和44年)5月16日発行第2版143頁では「いぬき(居抜):住宅や店舗を、家具や商品・設備をつけたまま、売りまたは貸すこと」としている。
  2. ^ a b 当時の官房長官は非国務大臣。
  3. ^ 臨時代理による大臣起用。
  4. ^ “社説 民主新体制 「居抜き内閣」の危うさ”. 琉球新報. (2010年6月8日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-163230-storytopic-11.html 2012年6月27日閲覧。 

関連項目[編集]