山口英夫 (棋士)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
 山口英夫 八段
名前 山口英夫
生年月日 (1941-09-08) 1941年9月8日
没年月日 (2018-05-20) 2018年5月20日(76歳没)
プロ入り年月日 1964年4月1日(22歳)
棋士番号 89
出身地 広島県呉市
師匠 原田泰夫九段
段位 八段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
通算成績 390勝581敗(0.4012)
2018年5月26日現在
テンプレートを表示

山口 英夫(やまぐち ひでお、1941年9月8日 - 2018年5月20日)は、将棋棋士。棋士番号89。広島県呉市出身。原田泰夫九段門下。

棋歴[編集]

1957年、5級で原田泰夫九段門下となり奨励会入り。1964年四段。1985年七段。2002年3月末で引退。2006年八段。

1970年度の第1回新人王戦で優勝。兄弟弟子には佐藤庄平桜井昇、近藤正和らがいる。

2018年5月20日、死去。76歳没[1]

棋風[編集]

5筋の歩を突かない「英ちゃん流中飛車」の創案者。弟弟子の近藤正和ゴキゲン中飛車を創案したこととあわせて、原田門下の中飛車戦法への貢献は大きい。

英ちゃん流中飛車[編集]

△持ち駒 なし
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲持ち駒 なし
英ちゃん流中飛車

「英ちゃん流中飛車」とは、山口が指していた中飛車についた名前で、その骨格は中飛車なのに5筋を突かないことにあった。完全に5筋を突かないで進めるわけではなく、相手の様子を見て場合によっては▲5六銀から6八飛などの活用も含みにしている。山口は英ちゃん流について「5筋の歩を保留するのが工夫で当時、流行していた玉頭位取りに対抗するために考えたもの。たとえば図で△3五歩は、▲4七銀から3八飛と回って3五の歩を目標にする。5筋を突いていない分、手を他にかけて逆襲できる」と以下のように說明していた。また図から後手△6四歩からの早仕掛けの場合▲5六銀や▲4七銀としておいて、以下△6五歩に▲同歩△7七角成▲同桂△8六歩▲6四角△8七歩成▲8二角成△7七とに▲5六銀を用意している。他公式戦の英ちゃん流として、図から△5三銀左▲7八金△4二金上▲3六歩△6四歩▲4七銀△7三銀▲3八飛△4四歩▲3五歩△同歩▲同飛など、袖飛車で進行した例もある。

人物[編集]

  • 少年時代、同郷の松浦卓造に目をかけられていたが、プロになる際には松浦が大阪在住であったことから松浦と親しかった東京在住の原田を紹介され原田門下となったという(湯川博士「振り飛車党列伝」(毎日コミュニケーションズ))。
  • 前項のように「英ちゃん」の愛称で親しまれた。アマチュアの弟子に作家の山口瞳がいる。

昇段履歴[編集]

  • 1957年 5級
  • 1960年 初段
  • 1964年4月1日 四段(旧三段リーグ勝ち上がり)=プロ入り
  • 1967年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 1973年11月3日 六段(贈六段)
  • 1986年2月12日 七段(勝数規定
  • 2002年3月31日 引退(フリークラス規定)
  • 2006年4月1日 八段(引退棋士規定)

主な成績[編集]

棋戦優勝[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 訃報 山口英夫八段”. 日本将棋連盟 (2018年5月25日). 2018年5月25日閲覧。

関連項目[編集]