山本卓眞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

山本 卓眞(やまもと たくま、1925年9月11日 - 2012年1月17日)は日本陸軍軍人コンピュータ技術者、経営者勲等勲一等瑞宝章藍綬褒章大英帝国勲章

人物[編集]

池田敏雄のチームでソフトウエア開発担当としてFACOMの開発に係わるなどの功績を挙げ科学技術庁長官賞(科学技術功労者表彰)を受賞[1]、後に富士通の社長(9代目)・会長・名誉会長を歴任した。米IBMとの著作権紛争をはじめ、半導体スーパーコンピュータをめぐる日米貿易摩擦でも一歩も引かない気骨を見せたことから、「闘う経営者」と呼ばれた[2]

実兄の卓美が八紘第八隊(勤皇隊)隊長としてフィリピンで戦死しており、戦争遺族の活動にも積極的に参加した。日本会議の副会長や「佐藤正久を支える会」会長なども務めた。

年譜[編集]

主な役職[編集]

語録[編集]

  • そんなのはゴミだ! - 社員を一喝する時によく用いた[1]
  • 日本には、完ぺき主義、現場主義、集団主義というものがあるが、これをものづくりだけに適用するのではなく、戦略面に生かしてほしい。日本は戦後の焼け野原のなかから復興した。日本人は柔な民族ではない。基本的なものは持っているんだ、という自信をしっかりと持ってほしい[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 株式会社インプレス (2012年1月31日). “【クローズアップ】 富士通のコンピュータ事業を築いた山本卓眞顧問が逝去” (日本語). クラウド Watch. https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/column/ohkawara/508549.html 2018年8月26日閲覧。 
  2. ^ “富士通元社長の山本卓眞氏が残した次代へのメッセージ” (日本語). ITmedia エンタープライズ. http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1202/06/news020.html 2018年8月26日閲覧。 
  3. ^ 附属中の同期に、石川六郎鹿島建設名誉会長)、嘉治元郎(元東京大学教養学部長)、森亘(元東京大学総長)、芥川也寸志芥川龍之介の三男)などがいる。
  4. ^ 柳路夫. “追悼録(447) 生きて帰り祖国再建のために尽くせ”. 銀座一丁目新聞. http://ginnews.whoselab.com/120310/tsuido.htm 2018年5月26日閲覧。 
  5. ^ “富士通元会長、山本卓真氏死去”. 読売新聞. (2012年1月30日). http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20120130-OYT1T00636.htm 2012年1月30日閲覧。 
  6. ^ 官報本紙第5742号、2012年2月20日(同日閲覧)

日本コンピュータ博物館『日本のコンピュータパイオニア