山田はるみ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
やまだ はるみ
山田 はるみ
山田 はるみ
本名 山田はるみ
生年月日 (1951-09-06) 1951年9月6日(67歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都

山田 はるみ(やまだ はるみ、1951年9月6日[1][2][3] - )は、日本の元女優リフレクソロジストアロマテラピスト。美容専門学校教員。本名同じ[1][2][3][4]

東京都出身[1][2][3][4]八雲高等学校卒業[1][3]。市谷企画を経て[4]、細谷事務所に所属していた[1]

来歴[編集]

小学生時代より、少女雑誌のモデルやCMで活動する[2][3][4]。高校在学中の1969年6月、「100万円スター・コンテスト」に応募し、6千人の応募の中でグランプリとなり映画『華麗なる闘い』で女優デビューし[4]、同時に東宝へ入社[2][3]。翌年9月に東宝テレビ部へ移籍する。なおコンテストの最終選考に残った七人の中には大田黒久美皆川妙子桐生かほるらがおり、「山田はるみとファニーセブン」という名前で同期生として活躍した。

東宝作品に数多く出演。加山雄三森繁久弥などとの共演も多い。1970年から1972年にかけてミス宝くじも務めた。1972年のテレビドラマ「マドモアゼル通り」では、主役の三上裕子(紀比呂子)のライバルを演じ、1976年の『雲のじゅうたん』では、主役の小野間真琴(浅茅陽子)の親友を演じた。

その後、舞台にも進出し70年代、80年代に活躍した。着物のモデルとしても多くの雑誌や舞台に登場している。

1993年に女優から教育者に転じ、国際文化学園研究所員となる。日本舞踊や茶道をたしなみ、着付けコンテスト優勝歴がある。またリフレクソロジストや、アロマテラピスト(IFA国際ライセンス)としての活動も行っていることから、着付、リフレクソロジー、花嫁化粧、フェイシャルなどの科目を担当している[要出典]

1979年の紹介記事では、一週間の間に茶道三味線日舞ピアノなど七種類の稽古事に励んでいると紹介されている[4]

出演作品[編集]

映画[編集]

  • 華麗なる闘い(1969年、東宝)- 縫い子
  • ブラボー!若大将(1970年、東宝)- 直子
  • 社長学ABC(1970年、東宝)- 山田(秘書課)
  • 蝦夷館の決闘(1970年、東宝)- おりく(女郎)
  • 続社長学ABC(1970年、東宝)- 山田(秘書課)
  • 凄い奴ら(1971年、東京映画)- サユリ
  • 続・人間革命(1976年、東宝映像=シナノ企画)

テレビドラマ[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 『日本タレント名鑑1993』 VIPタイムズ社、1993年、682頁。
  2. ^ a b c d e 福島民報』1969年7月24日付夕刊、2面。
  3. ^ a b c d e f 『福島民報』1976年1月28日付朝刊、7面。
  4. ^ a b c d e f 毎日新聞』1979年1月24日付朝刊、20面。