山盛り食堂

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山盛り食堂
ジャンル テレビドラマ
脚本 向田邦子田上雄千野皓司窪田篤人ジェームス三木、辻久一
演出 小杉義夫、矢野義幸、鶴島光重
出演者 京塚昌子
都はるみ
下條アトム
杉田かおる
植木等
ガッツ石松
荻島真一
名古屋章
大門正明
三上真一郎
新村礼子
大坂志郎
オープニング 都はるみ『泣き笑い』
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本語
話数 52
製作
制作 日本テレビ
放送
放送チャンネル 日本テレビ系列
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1975年10月1日 (1975-10-01) - 1976年3月10日 (1976-3-10)
放送時間 水曜 20:00 - 20:54
放送枠 日本テレビ水曜8時枠連続ドラマ
放送分 23分
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山盛り食堂』(やまもりしょくどう)は、日本テレビ系列で放送されたテレビドラマ1975年10月1日 - 1976年3月10日までの間、毎週水曜日20:00 - 20:54の枠で放送された。

概要[編集]

舞台は埼玉県春日部辺りの国道4号線沿いにある、トラックドライバーの利用も多いドライブインの食堂。ご飯、おかず、お新香が山盛りと言う家庭的サービスだけでなく、食堂を切り盛りする主人のふみ江の性格も山盛り、笑いも涙も人情もたっぷりな所であることから「山盛り食堂」と呼ばれていた。ふみ江とお手伝いの赤沢鯛子の二人を中心に、ふみ江の一家と常連客らとの交流を中心に、様々な喜びも悲しみも交えた人間関係を描いていったホームドラマ[1]

赤沢鯛子役の都はるみは、過去に映画の演技経験はあったが、テレビドラマのレギュラーは初挑戦であった。都は当時の記事の中で、これまでテレビドラマの出演依頼はあったもののスケジュールの都合で断念していたが、脚本の向田邦子から強い要望があり出演に踏み切ったと述べている[2]

キャスト[編集]

ゲスト[編集]

スタッフ[編集]

サブタイトル[編集]

話数 放送日 サブタイトル 脚本 演出
1 1975年10月1日 夜のマラソン 向田邦子 小杉義夫
2 1975年10月8日 ダイヤと兎
3 1975年10月15日 夢の中の綱渡り
4 1975年10月22日 初めての誕生日
5 1975年10月29日 万歳!トラック野郎 田上雄
6 1975年11月5日 恋のジンマシン
7 1975年11月12日 お馬鹿さんな女 鶴島光重
8 1975年11月19日 二人のお兄ちゃん
9 1975年11月26日 あなたは娘よ
10 1975年12月3日 馬鹿な男の浪花節 千野皓司 矢野義幸
11 1975年12月10日 本日お見合い 田上雄
12 1975年12月17日 逃げた女房に未練はないが 千野皓司 鶴島光重
13 1975年12月24日 ありがとう、サンタクロース 田上雄
14 1976年1月7日 おじいちゃんの(秘)物語
15 1976年1月14日 誤解も6階もありません 窪田篤人 矢野義幸
16 1976年1月21日 日記は小説より奇なり ジェームス三木 鶴島光重
17 1976年1月28日 紳士協定と恋心 辻久一 矢野義幸
18 1976年2月4日 駄目な息子に母の泪 田上雄
19 1976年2月11日 お客様は神様です 窪田篤人 鶴島光重
20 1976年2月18日 灯台もと暗し 田上雄 矢野義幸
21 1976年2月25日 純情ラプソディー 窪田篤人 鶴島光重
22 1976年3月3日 反抗期 田上雄 矢野義幸
23 1976年3月10日 出発たびだち 鶴島光重

放送局[編集]

★印は、水曜 20:00 - 20:54に放送

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 杉田の自伝「すれっからし」によると、このドラマで杉田が京塚に抱きつく場面を撮影していた時に、杉田が腹の肉をつかんだとして京塚が怒り、途中降板させられたという。
  2. ^ 当時のTBSのテレビドラマ『水戸黄門』にて、当時里見は佐々木助三郎役、横内は渥美格之進役。二人とも、本作でこれらの役名のままで出演した。

出典[編集]

  1. ^ 京都新聞』 1975年10月1日テレビ欄での本作の紹介記事より。
  2. ^ 福島民報』1975年8月23日付夕刊、2面。
  3. ^ 河北新報』1975年10月1日付朝刊、テレビ欄。
  4. ^ a b c d e 日刊スポーツ』1975年10月1日付テレビ欄。
日本テレビ 水曜20時台
前番組 番組名 次番組
山盛り食堂